羽根ペンの手紙


catered by かゆれ



 
白い滑らかな肌に、浅黒い長い指がすべる

その武骨な外見には似つかわしくないほど、
優しく、柔らかく、繊細に

深いキスを何度も与えながら桂木は、ベッドに抱き降ろした郁美の躰から、衣類をゆっくりと剥ぎ取ってゆく

肌に触れないように
刺激を与えないように

それでも郁美の感覚は、既に研ぎ澄まされつつあった

だが桂木は、自身で露にした郁美の輝く躰にむしゃぶりつこうとせず、ゆっくりと舌を這わせて味わい、そっと指で触れてゆく


「あぁ、んっ…」


そよ風が肌を擽るような、密やかな攻め立てに、郁美が躰を捩って柔らかく喘ぐ
たちまち乳首が可愛らしく起ち上がり、
白い肌が揺れ、心許無げに、艶やかな腿がこすり合わせれる

桜貝のような爪を持つ、足先までもが愛しい郁美の躰

それでも桂木は、ゆっくりと郁美を感じたかった
丹念に愛したかった

郁美を愛おしむ気持ちそのままに、
優しく、そっと、郁美の躰を愛撫する桂木


「んんっ…」


桂木の手によって辿り着けない快感を求めて、郁美は自ら躰を捻って桂木を求める
 
一瞬、顔を横に向けた郁美の瞳に映ったのは、
寝室の書き物机に置かれた
小さな真鍮のインク壺と
その横に立ててある
白い大きな
羽根のペンであった…







「桂木さ…大地さん?」


風呂から上がった郁美は、リビングに居ない桂木を探した

入籍を済ませた今日、桂木と郁美は二人だけで細やかな祝盃をあげた

桂木のマンションに郁美の荷物を運び込み、すっかり二人暮らしの用意の出来た部屋
この部屋で、今日からは恋人ではなく妻として…

入浴中に何度もにやけ、慌てた郁美は、些か赤い顔をして桂木を探していた
当の桂木は、広い寝室の隅に置かれた古い机の上で、何かの作業に没頭している


「大地さん?」

「ああ、ごめん。ちょっと待っててくれ」


訝しげに桂木の様子を窺う郁美
桂木は顔を上げず、それでも優しく答える
桂木の手には、大振りな白い鳥の羽根と、小さなナイフが握られていた

桂木は、少し黒ずんだ羽根の付け根の先端を、ナイフで丁寧に削っていた
斜めに削り終えると、鋭い目付きで尖端を眺め、角度と削り口の滑らかさを確かめる桂木
 
軽く頷くと彼は、再びナイフを手にして、羽根の先にそっと割れ目を入れてゆく
その後、インク壺に羽根を浸し直ぐに引き出してインクの落ち具合を確かめていた


「よし」

「羽根ペン…ですか?」


漸く緊張感が和らいだ桂木に、郁美はそっと話し掛ける

桂木はにっこりと笑い、椅子を少し横にずらせて、郁美を招き寄せた


「ああ…」


桂木は小さなペントレイを、郁美に見せるように押しやる
そして、おもむろに羽根ペンを取り上げ、メモ帳にペン先を滑らせた

白い紙に黒い艶やかな横文字が踊る
桂木の筆記体は、酷く滑らかで美しかった


「綺麗…」

「英語を書くのには、確かに向いてるな」


自らの字体より書き味に満足した桂木は、ペン先を丁寧に拭ってペン立てに立てる


「大地さんが羽根ペンを使うなんて、知りませんでした」

「うん…。…正直いうと、形見なんだ、祖父の」

「あ」


桂木は一瞬言い澱むが、穏やかに笑いながら、指先のインクを拭き取り、インク壺のキャップを閉めた
郁美は、すまなさそうな顔をして、小さな声で謝る


「ごめんなさい、私…」
 

「郁美が気にすることじゃないさ」

「でも…」


桂木の禁忌
家族の話題に無神経に触れ、郁美は顔を歪める
それでも桂木は、郁美を労り、その躰を抱き寄せた

桂木の指先から、濃厚なインクの香りが漂い、郁美を暖かな体温と共に包み込む


「祖父は、本当に俺を可愛がってくれたんだ。生憎、勘当されていて、葬式には参列出来なかったけど…。墓参に行った時、母から渡されたんだ」

「このペンを?」

「うん、セットで」


淡々とした穏やかな桂木の口調は、郁美の心も静め、穏やかにする
桂木の胸の中で、桂木の深い低い声を聞いていた郁美は、桂木の母の計らいに目を見張る


「勘当されても、住所や近況は手紙で知らせてた。祖父も家族の近況なんかを、手紙で書いて送ってくれてたんだ。その時使っていたのが…」

「あの、羽根ペンだったんですね」

「そう」


桂木は少しだけ郁美を躰から放すと、小さく笑う


「祖父に、結婚の報告をしたくてね。宛どころのない、手紙だが…」


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