なないろ



瑞々しいレタスのサラダに鮮やかな赤色のミニトマト。
それらが彩る白磁のプレートに乗るオムレツはふんわりと淡いキツネ色だ。
籐で出来ている小振りなバスケットの中には、郁美の力作であるクロワッサンやバターロールにブリオッシュ。
ガラスの器にはプレーンヨーグルトが盛られ、その白い海に赤いラズベリーや紺色のブルーベリーが踊る。
先程落としたコーヒーがカップから湯気を立て、郁美のお気に入りのレースのランチョンマットがダークブラウンのダイニングテーブルに良く映えていた。
「パンまで全部作ったのか」
些か驚いた様子でパンを千切る昴に、郁美は笑顔で頷いた。
「だって昴さん、お休みが取れたって、昨日の夕方メールで知らせてくれたじゃない。だから嬉しくなっちゃって」
「悪いな、普段なかなか一緒に居てやれなくて」
「謝らないでって、いつも言ってるのに。昴さんのお仕事がどれだけ大変なものなのか、これでもちゃんと解ってるつもりなのよ?」
かつてその身を彼自身に護られたことのある郁美の瞳が、ちょっとおどけて見せた。
「それに、昴さんが忙しいからこそ、こうして遅い朝食を一緒にとれることが、特別嬉しく感じられるんだと思うし」
要人警護というものは、ただ対象を警護すれば良いというものではない。
警護に万全を期す為に、早くから通過予定場所の検索や消毒を行い、あらゆる脅威の種となり得る要素はどんな小さなものでも全て潰していかなければならない。
それ故、朝早くコーヒーだけを飲んで出て行くことも多ければ、夜遅く帰宅することも少なくない。
現場で限界まで神経を磨り減らして帰ってくる彼を、少しでも癒してあげたいと思う。
警護課は、本当にその名の通り、身体を張って対象を護り抜いているのだ。
「そうだ、昨日、小杉先輩からもメールが来たの」
「あぁ、あの強烈な部長か…懐かしいな、元気か?」
「うん、とっても元気そうよ。究極を求めてってコンセプトで小さな劇団を設立したんですって。近々、私達の新居にも遊びに来たいって」
「そうか、考えてみれば俺が忙し過ぎて、新居に引っ越して来てからまだ誰も呼んでないんだよな」
昴はそう言うと、家の中をぐるりと見回した。
「セキュリティの観点から、どうしてもマンションになっちまったんだけどな」
「いいじゃない。私も、昴さんが居ない時でも安心出来るし。この広さにはまだ慣れないけど…」
「ベッドも広くなっただろ?」
意地悪そうに口端を上げる昴の言葉に、うっとりと室内を見つめていた郁美の顔が一気に赤くなる。
「ベ、ベッドって…っ!」
「何だよ、あれでもまだ狭いのか?」
「ち、ち、違うわっ、そうじゃなくて…」
「何真っ赤になってんだよ、ベッドの話しただけで」
「あ、赤くなってなんか…っ!」
「ほらほら、折角焼いたパンが冷めるぞ」
賑やかなテーブル、温かな空気。
麗かな休日の遅い朝は、笑顔でいっぱいになる。
目の前で赤くなったまま拗ねたようにパンをかじる愛しい彼女。
今日はのんびり過ごすのも悪くない。
朝食を済ませて食器を片付けたら、先日郁美が借りてきたというDVDでも観てみようか。
座り心地が抜群だと言って買った大きなソファで、左腕に彼女を抱き締めて。
それだけでもきっと、素晴らしい休日になるに違いない。
彼女がこの腕の中に居てくれれば、それだけで。



+++fin+++



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