なないろ


ゆっくりとした足取りでダイニングへ向かうと、対面キッチンに昴が想像した通りの彼女の姿を認めた。
漂うコーヒーの香りが強くなる。
レタスを千切っていたかと思うと、今度はオーブンの中をチェックしてみたり、くるくるとよく動く様子がまるで可愛い小動物のようだと思った。
戸棚から揃いのマグカップを取り出した彼女が、不意にこちらを見遣ってその動きを止めた。
「…昴さん!」
「おはよう、郁美」
「おはよう…。あの、いつからそこに?」
「ん、少し前からかな」
「声掛けてくれれば良いのに。びっくりしちゃった」
そう言って笑みを浮かべると、郁美は手にしていたマグカップをコーヒーメーカーの前に置いた。
「座ってて。もうすぐパンが焼きあがるから」
透明なボウルに卵を割り入れながら郁美が声を掛ける。
「何か手伝うか?」
「いいから、座ってて」
シャカシャカと音を立ててボウルをかき混ぜ、熱せられたフライパンに溶き卵を流し入れる。
ジュワワッと一際大きな音と共に湯気が上がり、卵の優しい香りが昴の鼻先を擽った。




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