小説 | ナノ





ありきたりで、幸せな日常


catered by そら




「ただいま……帰りました」





住み慣れた部屋に似合わない言葉を投げ掛けて
いつもとは違う、人の気配のあるリビングの扉をゆっくりと開ける





「甘子、おかえり。いつまでたっても帰って来ないから、迎えに行こうと思ってたぞ」





携帯を片手にキッチンから出てきたのは
案の定、この家の持ち主である昴さんで


私の顔を見るなり
真っすぐこちらへ近付いてくると
安心したように私をギュッと抱き締めた





「……ごめんなさい」





帰りが早いとは聞いていたけど
まさか自分より早いなんて思いもせず
ふらりとコンビニに寄り道をしてきた私は
申し訳ない気持ちになる


外から帰ってきた冷たい身体の私は
全身に包まれたその温もりと
昴さんの優しさにホッとして
思わず昴さんの胸に顔を埋めた





「それにしても、お前の家でもあるのにさっきの挨拶は何だ?」


「だって、家に帰ると昴さんがいることなんて滅多にないから、何か慣れなくて……」


「まぁ、言われてみれば確かにそうだな。俺は必ず甘子が出迎えてくれるから、それが当たり前になってたけど。いつもありがとな」





そう言って優しく笑うと
不意に私の額にそっとキスが降りてくる


驚いて思わず顔を上げると
間近に昴さんの端正な顔が近付いてきて咄嗟に瞳を閉じた






しかし、
唇が重なるその瞬間よりも先に
突然、鳴り響いた機械音


その音が気になって思わず目を開ければ
何やら自信満々に私を見下ろす昴さんと目が合った


そして、その音が合図だったかのように
部屋に広がる香ばしい匂いに気付く





「いいタイミングで出来上がったな」


「え?何か作ったんですか?」


「マルゲリータピザだ」


「え?本当ですか!?」





思いがけず出てきた料理が嬉しくて
私は勢いよく昴さんを見上げる


それはつい先日
お父さんの公務の代理で行ったイタリアでの出来事





「あぁ、この前本場のピザが食べたいって楽しみにしてたのに結局食いに行けなかっただろ?」


「覚えてくれてたんですか?」


「当たり前だ」





そう言って
愛しそうに私の頭を撫でながら笑う昴さんの表情は
すごく、すごく柔らかくて



次第に自分の頬に熱を持つのを感じると
自分の鼓動の早さに気付き
急に恥ずかしさが込み上げてきて
真っすぐに私を映すその瞳を見つめ返すことが出来ない





「じゃあ、早速食べましょう!」





思わず視線を逸らせて
包まれていた腕の中から逃げ出そうと試みるも


昴さんがそれを許してくれるはずもなく
再び手を引かれ
今度は後ろから抱き締められた





「俺がお預けくらったまま、逃がすと思うか?」


「だ、だって、早くしないと冷めちゃいますよ?」


「そんなのいくらでも作ってやるよ。だから、今は俺のことだけ考えてればいーんだよ」





背中越しに昴さんの体温を感じながら
いつもより低く、甘く、耳元に響く声


それだけで心も身体も
私の全てが次第に昴さんに支配されていき


さっきまで食欲を煽っていた匂いさえも消え
昴さんの香水と微かな煙草の香りで満たされていく


私は回された昴さんの腕をギュッと強く握りしめると


全てが飲み込まれるその前に
私の無意味な抵抗を見せるべく


振り向き様にそっと
触れるだけのキスをした







*END*
(110218)






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