小説 | ナノ





指先に触れる未来


catered by そら




空が茜色に染まる頃
車内には冷たい空気と共に乗り込んできた甘子と
温かな飲み物が二つ


ぬるくなったのを確認してから
それを一口飲めば
程よいエスプレッソの苦味が身体に染み渡る


しかし反対に隣から漂うは
チョコレートらしき甘い香りで


ほっと息を溢しながら
身体を温めるように両手でカップをもつ甘子に
そっと声を掛けた





「どこか行きたい所はあるか?」


「え?この後はお仕事じゃないんですか?」


「あぁ。珍しく事件が早く片付いたからな」





そう言って
もう少しだけ車内の温度を上げようと
エアコンに手を伸ばしながら隣を伺えば
甘子が嬉しそうに
あれこれと行きたい所を考える姿に思わず目を細める


このところ大きな事件を抱えていて
ろくに甘子と話をすることも
こうして、ゆっくり過ごすことも出来なかった


だから、俺と同じように
一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれていたことが
素直にうれしかった





「あ、それなら久しぶりに等々力渓谷に行きますか?」





しばらく考え込んでいた甘子の言葉から出てきたのは
俺が気に入っていた場所であり
失った心と思い出を癒してくれていた大切な場所


しかし、過去を乗り越え
甘子の存在が大きくなり
大切だと気付いたあの日から
自然と足が遠退いてもう訪れることはなかった


今、俺に向けられている笑顔は
少しの陰りもなく真っすぐで





「俺に気を使わなくていい」


「え?」


「あそこは俺の過去が詰まってる場所だ。甘子がいるんだからもう、あの場所へ行かなくても大丈夫だ。それに甘子も嫌なんじゃないのか?」





甘子は自分のことよりも
いつだって人のことを周りのことを
そして俺のことを優先する


本当はその笑顔の裏で無理をしてるんじゃないか
俺の過去に気を遣っているんじゃないかと心配になることがある


しかし、そんな俺の想いとは裏腹に
その笑顔は一層、柔らかさを含んだ





「嫌じゃないですよ?だって、後藤さんが始めて私を連れていってくれた場所だから……私にとっても大切な場所なんです」





ダメでしたか?
俺の顔を伺うように
遠慮がちに俺に視線を向ける甘子の頬は
うっすらと赤く染まって


思わずそこに手を伸ばせば
触れた先から熱が伝わり
俺の胸を温かく満たしていく





甘子のためにと勝手に独りで仕舞い込んだことで
過去を乗り越えたつもりでいたけれど大きな間違いだ


亡くなったアイツとの過去があるからこそ
俺は甘子と出会い
もう一度と人と向き合い
愛することへの自信と覚悟が出来た





未だ
失った恋愛に
伝えきれなかった想いに
消せない後悔に
思い出の場所に


こだわっているのは俺の方だ





「……そうだな。甘子、ありがとう」





ふわり、と微笑む甘子の横顔に
一瞬だけアイツの姿が現れたけれど


それはアイツが幻となってから初めて見た笑顔だった





俺は甘子の頭を引き寄せて
確かにこの腕の中に温もりがあることを確認する


そして、どちらともなく唇が重なると
触れた部分から伝わった苦みは
いつの間にか消え
ただ、甘く変わっていった







*END*
(110215)






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