千の葉のように 私のアパートで買ってきたケーキを食べる事にした。 「はい」 「サンキュ」 海司に濃い目のブラックを、私のはカフェオレにして持って行くと、受け取った海司が笑った。 「いっただっきまーす」 「いただきます」 仲良く隣に座って食べ始める。 「美味しい〜!」 口に入れた瞬間に広がる、幸せな甘さ。笑顔になった私を見て、海司が笑っていた。 「何よ」 「幸せそうに食うなと思ってさ。食ってる時が一番幸せ、みたいな顔してるから」 そう言って海司はまた笑った。 「前は面倒で、剥がして食ってたんだ。でも、そうやればそんなに美味くないんだよな、これって」 「そりゃそうでしょー。クリームとパイ生地が合わさってるから、ミルフィーユは美味しいんだから」 食べながら言うと、それだけどと海司が言った。 「本当は、ミルフイユって言うんだぜ」 「え、そうなの!?」 「マジ。知らなかっただろ」 ふふんと海司が威張る。けど 「なーんてな。俺も昴さんから教えられた」 「昴さんから?」 「そう。あの人、料理にうるさいだろ?正しい発音はこうだ、とか…そっちのウンチクもかなりでさ」 苦笑しながら海司が話す。昴さんなら言うよね、と私は思いながら頷いた。 「それで覚えたんだけど、ミルはフランス語で千、フイユは葉っぱ、なんだと。ちょうどパイ生地がそう見えるから付いた名前なんだって」 「千の葉っぱか…」 お皿を少し上に上げて私はミルフィーユを見た。 「んー…わかんない」 「甘子の感性じゃわかんねーだろ」 「ひどーい!じゃあ海司ならわかるの!?」 「わかる。俺、お前と違ってガサツじゃねーし」 「繊細な人には見えませんけど」 言っている事は酷いけど、冗談だとちゃんとわかっている。だって、海司の目が優しいし、笑っているから。 食べ終わって、コーヒーを飲んでいると海司がポツリと言った。 「俺さ、昴さんからミルフイユの名前の由来を聞いた時、思い出と同じだなと思ったんだ」 「思い出と?」 「ああ。俺たちが再会して、こうして一緒にいるようになって…どんどん思い出が増えていってるだろ?」 「あ…そうだね」 海司を見上げた私は、彼との思い出を思い返していた。 突然総理の娘だと知らされ、命を狙われて…。 専属のSPを誰にするかと桂木さんに訊ねられ、不安でいっぱいになっている私を海司がじっと見つめていたのを覚えている。 するりと私の口から海司でお願いしますと出て来たのは、海司になら任せられると確信があったから。 小さい頃、一緒にいた時も海司は私を護ってくれていた。意地悪をするけど、いつも護ってくれた。 大人になって再会して、どんどん海司に惹かれていって…私たちは恋人同士になった。 そらさんや瑞貴さんのからかいに本気で怒ったり、昴さんからフォローされて顔を赤くしたり。 桂木さんから反省文を早く出せと言われているのに、パソコンが苦手でできなかったり、真壁君と真剣勝負をしたり。 皆と一緒にいる以外にも、2人で海や山へ出かけたり、映画を観に行って同じ所で笑ったり…。 いろんな海司を私はすぐ傍で見て来た。 「甘子」 海司が私を見つめて名前を呼ぶ。 「これからも2人で、たくさんの思い出、作っていこうな」 「うん。たっくさん作っていこう」 「ああ。約束な」 笑うと海司は私を抱き寄せた。 これからも私たちの思い出は増えていく。まるでミルフィーユのように…。 fin |