小説 | ナノ





恋はひとりで堕ちるもの


今夜は久しぶりにSPのみんなと花火を見ながら楽しめると思ってたのに・・・。
あの人のことを頭から追い出せると思っていたのに、な・・・。

私は窓から入ってくる花火のキラ星を視界の端に感じながら、さっきの夢を思い返していた。



ぼんやりと月明かりに照らされたあの人の蒼い顔。

悲しそうな瞳で私を見つめる・・・そうしてゆっくりと背を向けた。

あの夜の二の舞にはしたくないと必死で追いかけた。

何度も名前を呼びながら・・・けれども振り向いてはくれない。

”白糸の滝”で幾度も見送ったその背中に手を伸ばす。



やっと追いついて袖口を掴んだ・・・・ところで目が覚めた。
・・・掴んだと思ったのは昴さんの髪の毛。

冷静に考えると、なんか、すごく恥ずかしい事してない?
しかも、この格好で・・・。
昴さんに・・・見られた・・・ほぼ全裸を。
・・・後藤さんにもこんな明るいところでは晒してないというのに(多分、だけど)・・・ショックだ。

あの夜以来、後藤さんに会うことは無くなってしまった。
偶然を装って会えることを期待して、何度か等々力渓谷に足を運んでみたが彼の姿は見当たらなかった・・・。

担当SPでもない彼の様子を、わざわざ尋ねるのもおかしいと思って桂木さんにも聞けないでいた。
そのうち、官邸ででも会えるかな・・・なんて軽く考えていたらすでに二ヶ月が経過・・・。
頼みの綱の石神さんと会っても会釈するくらいで、じっくり話す機会は巡ってこなかった。

後藤さんから避けられているのかも・・・と新たな不安が生まれてきて、ここの所、食欲も無い。
きっと昴さんはそんな私を見兼ねて、今夜の花火大会に連れ出そうとしてくれたんだと思う・・・優しい人・・・。
彼に愛される女性は幸せだろうな。俺様発言が多い割に、いつも周囲を気遣ってそっとフォローしてくれる。
私は知ってる。誰よりも繊細でちょっぴり照れ屋な所。

そうだな・・・もし、昴さんにフィアンセがいなければ好きになっていたかも・・・けれど、私の心は後藤さんでいっぱいになってしまった。
今、一番側にいて欲しいのはあの人だ・・・叶わぬ願いだと分かっていても・・・。

右の内股には淡いキスマークがある。後藤さんとの夜を唯一証明する”印”だった。それも、もう消えかかっている。
もう一度会って、確かめたい・・・・こんな所に残していった理由(わけ)を。
切なくも甘い、あの停電の夜を思い返すたびに涙が溢れそうになる・・・こんなに誰かを思って胸が苦しくなるのは初めて・・・。

「あ・・・」

ベッドと居間を仕切っているパーテーションの裏に、あの日、後藤さんが羽織った金茶色の浴衣が見えた。
本当はお父さんに贈るつもりだったけど・・・あの人の残り香が移ったこの浴衣は私の中で宝物みたいになっていた。
裾を解いて後藤さんに見合うように縫い直した。いつかまた着てもらえたら・・・そんなことを祈りつつ。

とりあえずこの浴衣でもガウン代わりに羽織っておこうかな。
いつまでもこの状態じゃ、本当に風邪ひきそうだし・・・。
昴さんが戻って来ないうちにそそくさと浴衣に袖を通した。
軽く前を合わせて体に添わせる・・・後藤さんから抱きしめられてるみたい・・・想像して顔が一気に赤くなる。

「・・・ぅわぁ・・・私って変態かも・・・」

小さく呟いて、火照る頬を両手で冷ましつつベッドに腰を下ろした。
向こうのキッチンから、ミキサーの回る音が聞こえてくる・・・昴さん、何を作ってるんだろう?
料理上手な彼にちょっと期待しながら、私は大人しく待つのだった。




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -