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恋はひとりで堕ちるもの


catered by たむりん


「ぁ・・・待って!!」
「!?・・・っ・・・てぇーっ!!」

いきなり頭頂部の髪の毛を引っ張られて、目が覚めた。
顔を起こした目線の先に、俺の頭を鷲掴みしながらきょとんとした顔で俺を見つめる甘子がいた。

「昴さん・・・何してるんですか?」
「お前こそ俺を禿げさせる気か?!すぐにこの手を離せ!」
「え?・・・あ、ああっ?!ごめんなさいっ!!!」

あわてて左手を引っ込めた・・・一体どういう状況なのかといえば、だ。
ここは甘子の部屋で、ベッドに横たわるこいつの側でうたた寝していたら、いきなりこのザマだ・・・。
俺はうつ伏せていた上半身を起こし、乱された髪の毛を撫でた。


「・・・昴さん・・・大丈夫ですか?」
「!・・・あー・・・お前は起き上がるな!そのまま寝てろ!」
「なんで・・・えっ?あ・・・私・・・なんで?!何・・・っ!」

自分の置かれた状態を理解したのか夏用のタオルケットを首下まで引っつかんでそのまま顔を伏せた。
そりゃそうだろうとも・・・甘子の浴衣を脱がしてここへ運んだのは、この俺だ。パニクるのも当然だ。

「・・・・」

甘子は物言わぬじとっとした視線を送って、抗議しているようだった。

「言っとくけどなぁ、お前が倒れたのを介抱してやっただけだからな」
「・・・なんで脱がせる必要があったんですか・・・」
「凄い汗で浴衣が湿ってたからだ。あのままだと身体を冷やしちまうと思って・・・お前が下着つけてないなんて思わなかったから・・・」
「下は穿いてます!!」
「ああ・・・もう少し大人っぽい方が、俺の好みだ」

枕が飛んできた。

「それだけ元気なら何か腹に入れられるだろう?食いたいものあるか?」

その時、窓の外からドドォン!という大きな音が聞こえた。
窓の縁から、かすかに七色に光る花火の片鱗が見えた。

「・・・あ・・・もう始まってたんだ。他のみんなは?」
「さっき桂木さんに連絡入れておいた。お前が倒れてるから、このまま様子見てますって・・・だから心配すんな。あっちはあっちで勝手にやるさ」

シュンとした甘子の頭をポンポンと撫でながら、俺は立ち上がった。

「ごめんなさい・・・私のせいで・・・折角の花火大会・・・」
「浴衣着て来いって言ったのは俺だし・・・着慣れないせいで帯締めすぎて貧血おこしたんだろう?俺にも責任あるからな。そんな気にすんな・・・なにか軽いもの、作ろうか?なにが食べたい?」
「なにも・・・最近夏バテからか、食欲が無くって」

甘子は申し訳なさそうに笑って言った。わずかにタオルケットから覗かせた鎖骨がくっきりと浮かんでいる。
つまらない妄想を駆り立てそうになって、俺は照れ隠しにそっぽを向いて離れた。

「ふん・・・分かった。ちょっと待ってろ」
「昴さん?」

俺は隣のキッチンに向かった。
甘子は夏バテだと言ったが、伊達にSPとして側で見続けていた訳じゃない・・・あいつの食が細くなったのは、二ヶ月前・・・丁度梅雨入りした頃からだ。
一時間前・・・玄関先で俺の腕に倒れこんだ甘子の体は、確実に以前よりも軽くなっていた。
多分5kgは減っているだろう・・・。ダイエットとかそういう類のものではなく・・・。
公務と学業の両立がきついからか?・・・今は夏休みだし、そんなに公務も入っていないはずだった。

いつも笑顔を絶やさない明るい表情を見せながら、時折ふっと艶めかしく睫毛を伏せる・・・。
多分、当の本人さえも気付いていない、甘子の”女の表情(かお)”だった。
男が出来たのかとも思ったが、そんな様子は無く・・・。
こいつのことだ。もし、そんな存在が出来れば、すぐに態度や顔に出るだろう。
あからさまに幸せそうな顔をするに決まっている。

じゃあ、一体どこのどいつが甘子にこんな大人の顔を仕込んだっていうんだ?・・・俺ではないことは確かだった。からかい半分に色々ちょっかいはかけているが、あいつの反応を見るからに”冗談”としか受け取ってもらっていないようだ。
・・・まあ、真に受けてもらっても困るんだが・・・。

最初から婚約者の存在を教えていたし、あくまでもマルタイとSPとして接することも話しておいた。

・・・全ては俺の都合で・・・。

はじめは結構好みのタイプだったし、つまみ食い程度に遊んでやろうかとも思っていたのは事実だ。
今時の女子大生なんて遊び慣れてるもんだろうと・・・だが、こいつはそういう女じゃなかった。
軽くでも手を出せば、多分、俺が後戻りできなくなる・・・俺の色に染めてしまいたくなる・・・だから、自ら一線を引いた。
しかし、今の時点で、そのボーダーラインも薄くなりつつあることは認めざるを得ない。

・・・浴衣を脱がせた時、目に飛び込んできたあいつの肌色と、汗ばんだ体から匂い立つ色艶めいた香りに理性が飛びそうになった。
それ以上触れているのがためらわれて、すぐにベッドに押し込めた。
この俺が・・・だ。

あいつはそんな俺の葛藤を知るよしもなく、無防備に薄布一枚に包まっているのだった・・・。

「生殺しだな・・・ったく・・・」

甘子が眠っている間に買い込んで来たフルーツの皮を剥きながら、さっきから半勃ちになっている己自身をうらめしく思った。




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