小説 | ナノ





見える未来なんていらない





彼女を困らせる一言を、冷えたグラスの水と一緒に飲み込めば、胸の奥がちりりと痛んだ

代わる言葉を探して投げた視線の先にあったのは、おみくじ入りのクッキーが入ったバスケット


「フォーチュンクッキー、だって」


カウンターの上のバスケットを手にとって、彼女の前に差し出した

「女の子って、不安な時に占いするんでしょ?」
「・・・瑞貴は女の子の気持ち、良くわかってるんだね」

女の子の気持ちじゃないよ、わかってるのは君の気持ちだけ


欲しいのは君の気持ち、だけ


彼女の細い指がクッキーをひとつ選び出して掌に乗せた時、僕の背筋に何かがぴり、と走る


「こっちと変えてくれない?」

何かの言葉を挟む隙さえ無いほどの速さで、自分の手にあったクッキーと彼女の掌のそれを入れ替えてみる

少し怪訝そうに僕を見つめながら、クッキーの間から細長い紙を取り出した彼女の顔が、ぱっと輝いた


それはまるで

低く垂れ込めた厚い雲間から射す、一筋の光


「“Every man is the architect of his own fortune”だって・・・」

「・・・そう。いい言葉が出て良かった」




こんなときばかり、変な勘が働いてしまう自分がつくづく嫌になる


だけどきっと僕は

君のその笑顔が見たかったんだ


何よりも、僕に生きる力をくれる

その笑顔が―――


「ねぇ、瑞貴のは、何て・・・」
「甘子・・・!」

弾んだ彼女の声の上に乗っかってきたのは、今いちばん望まざる声

「・・・昴さん!」


「おい、瑞貴。人の女にちょっかい出してんじゃねーよ」

今にも噛り付きそうな低い唸り声で僕を威嚇してくるなんて、まるで犬みたいだ
別に僕は、彼女を取って食べようって訳じゃないのに

そう
少なくとも、今は―――


鋭く尖った言葉と視線をさらりと受け流して、彼女に笑顔を向けた


「良かったね、甘子さん」

「はい、素敵なお店を教えてくれてありがとうございました」


きらきら輝く笑顔で軽く会釈をして、彼女は席を立った



今にも騒ぎ出しそうな純粋でいびつな独占欲を抱いた僕と
今更運ばれてきた、ふたつのケーキと
僕の掌にある、君の本当の未来を残したまま




残された占いの紙には

“The unexpected always happens”と書いてあった



すり替えた、僕と君の未来

君は、良い未来だけを信じていればいいんだ


いつか、その未来は僕が作り出す



見える未来なんていらない



僕が欲しいのは

誰もが予想なんてできない、そんな未来





いつか、君を手に入れてみせるから





ただただ甘い匂いの漂う空気の中で

僕は、掌の中の未来を握りつぶした






END




*Every man is the architect of his own fortune
(誰もが自分の運命の建設者)

*The unexpected always happens
(予期しないことは常に起きる)




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