クマとウサギと、チキンピラフ。 お鍋の蓋をそっと開けると、ツヤツヤのご飯が炊けていた。 立ち上る、バターとマッシュルームの香り。 底に少しお焦げができているのも、ご愛嬌だよね。 二人分、お皿によそう。 海司の分はたっぷり盛って、少し煮込みが足りないトマトスープと一緒に、お盆に載せた。 「お待たせ」 海司の反応にドキドキしながら、テーブルに置いた。 「サンキュ。すげーいい匂い」 海司はスーツの上着を脱いで、身をのりだして覗き込んだ。 「あぁ、鶏肉チャーハンな」 「違うよ、チキンピラフだよ」 海司らしい間違いだなぁと思って真面目に訂正すると、 「チキンピラフって、鶏肉チャーハンを英語で言っただけなんだぜ?」 海司はいつもの、私をからかう時の顔で言った。 「違います!チャーハンは炊いてから炒めるけど、ピラフは炒めてから炊くんだから」 「知ってたか」 「知ってるから作れたんだよ」 レシピは、教えてもらったけど。 「ま、どっちでもいいけどな…いただきます!」 一通り私の反応を楽しむと、ピラフをスプーンに山盛りすくって、海司はパクッと頬張った。 「…どうかな」 恐る恐る、聞いた。 「…ん、カンペキ」 「ホント!?」 私は自分のお皿のピラフを口に運んだ。 「ん…ちょっとお米、固いね」 「まーな。でも、味は一緒…」 「え?」 私は弾かれたように顔を上げた。 海司は、目を見開いて口に手をあてていた。 私は、すっと血の気が引くのを感じた。 「海司………一緒って、誰のピラフと?」 「な、何でもねーよ………あ、姉貴!姉貴たちだよ」 明らかにうろたえる海司に私はスプーンをきつく握りしめ、声を絞り出した。 「もしかして………ウサギのお弁当箱の人?」 海司は動揺の色を更に濃くして、私を凝視した。 「おい…なんで知ってんだよ…」 「お姉さんたちが言ってた…海司が、こっそりウサギのお弁当箱洗ってたって」 ああ…やっぱあいつらか、と海司は片膝を立ててため息をついた。 そっか…浮気がバレた男の人って、開き直るんだ。 でも怒りは湧いて来なかった。 悪いのは、私だもんね… 「その人のご飯、おいしいんだね…ね、海司、その人の方が好きだったら…」 私の涙腺は、そこで決壊してしまった。 ポタポタと、涙がチキンピラフに落ちた。 「バカッ!何泣いてんだよ!」 「バカだもん…バカだから、海司に甘えてばっかりで…料理もずっと下手なままだし…!」 泣きじゃくる私の体を、海司が引っ張り、抱きしめた。 「甘子」 「…わた…海司の、胃袋…」 海司の胃袋、つかめなくてごめん。 言いたかったけど、鳴咽に押し流されてしまった。 「落ち着けよ、甘子」 海司が背中をさすってくれる。 あったかい、海司の声も、胸も、包んでくれる腕も。 きっと、これでさよなら。 落ち着こう… 私は深呼吸して、呼吸を整えた。 優しい海司に、せめて最後は笑ってありがとう、と言おう。 「甘子…大丈夫か?」 「うん…」 海司が深く息をついた。 別れの言葉を予感して、私はギュッと目を閉じた。 「お前、なんか勘違いしてるみたいだけど、あのウサギの弁当箱、昴さんのだぞ」 |