クマとウサギと、チキンピラフ。 「まさか、自分と秋月は釣り合わないとか、いまだに思ってるんじゃないだろうな?」 「………だって、私より可愛くて、料理ができる素敵な子なんて、きっとたくさんいます!」 「ま、そーだろうな」 サラッと肯定された言葉がグサッ、と刺さる。 「分かってます…私、幼なじみだからって海司に甘えてばっかりで…総理の娘なんていっても、ただの庶民だし…!公務だって、ホントはいつも逃げ出したくなるし…」 ポロポロと、涙が止まらなかった。 メイクなんか、もうどうでもよかった。 私は昴さんのハンカチを目にあててうつむき、泣きじゃくった。 車はゆっくり、ゆっくり道路を流れる。 温かい感触が、再び頭に載せられた。 「…お前が頑張ってるのは、みんな知ってる」 昴さんが、頭を撫でてくれながら言う。 「そういう弱音は、秋月の前だけにしとけ…口説きたくなるだろ」 口説く? 昴さんが、私を? 思わず顔を上げた私の方をチラリと見た昴さんは、 「プッ…早くメイク直せよ」 笑いを堪えて、ハンドルに突っ伏した。 なんとかメイクを直すと、車は会場駐車場に着いた。 昴さんは、入口の警備員に警察手帳を見せ、誘導されたスペースに車を停めた。 「…ありがとうございます」 泣くと、少し気持ちが落ち着くから不思議だ。 車を降りようとした私の手首を、昴さんが掴んだ。 「まだ時間はある。ちょっと待て」 「え?」 昴さんは携帯で何かを見てる。 「お前にうってつけのレシピを教えてやる」 私の携帯の、メール着信音が鳴った。 「あれ?メール…」 送り主は…『昴さん』!? メール本文にはリンクが貼ってある。 「昴さん、これって…」 「秋月の気持ちがわかる、魔法のレシピだ」 「ま、魔法って…」 昴さん、たまに、乙女チックなこと言うよね… 「それを作ってやって…秋月に全部聞いてみろ。スッキリするぞ」 私はメールのリンクテキストをクリックしてみた。 表示されたページは… 『CHEF PADモバイル』? 確か、主婦がオリジナルレシピを投稿するサイトだ… 美味しそうな写真の横に、料理のタイトルと投稿者の名前が書いてある。 『お家で本格チキンピラフ☆ byくまたんえぷろん』 …くまたんえぷろん!? 確か昴さんのエプロンって… 私は恐る恐る昴さんを振り向いた。 「誰にも言うなよ…」 珍しく、ほんのりと頬を染めた昴さんに、私はコクコクと頷いた。 「遅かったっすね」 「きゃあっ」 急に車のドアを開けられて飛び上がると、そこにいたのは、疑惑の海司。 私は慌てて、携帯をバッグにしまった。 「はは、お前驚きすぎだろ。…ほら」 「…ありがと」 海司が差し延べてくれる手を、海司の顔を見ずに取り、車を降りた。 海司はドアを閉めると、 「メールありがとな。期待してねーけど、楽しみにしてる」 いつも通りの調子で言って笑ったけど、今の私には少しこたえた。 「うん…」 「甘子…どした?目、ちょっと赤いぞ?寝不足か?」 う…昴さんといい、海司といい、ホントに鋭くて困る。 「秋月、甘子は今日、ウサギさんだ」 車を降りた昴さんが叫んだ。 う、ウサギさんて…! 確かに目は赤いけど、それは海司の前では禁句だよ、昴さん! 「………」 海司はしばらく私を見つめて、 「そっか…お前、ウサギさんか」 何を納得したのか、ちょっと悲しそうに言って、私の頭に優しく手を置いた。 「ウサギさん」と聞いても、海司は、少しもうろたえなかった。 これが演技だったら…私、男性不審になっちゃうよ? |