白の、子守り歌 沈み込んだ沈黙の隙間に、無理矢理割って入ろうとすることは、なんと勇気の要ることなんだろう そんな空気をいとも簡単に一瞬で変えてしまう、明るい声 そこに宿る力を改めて思い知る 「これ飲んで、体温めてください」 ぎこちない手付きで淡く白い湯気を立たせたカップを差し出せば、遠くを見ていた栗色の瞳が弾かれたようにこっちを見た 「ホットミルク・・・?」 「はい、眠れない時はホットミルクが良いんだって、おばあちゃんが」 「そ・・・っか」 両方の掌で大切そうにカップを包んで、見つめた先の優しい白色が揺れる ふう、と吐いた息が、仄かな甘い香りを運んで消えていく 「なんか、懐かしい味がする・・・」 一口飲んだそらさんが、目を細めた 落としたままの視線を幾度か瞬かせた後で、ゆっくりと話し始めてくれたのは、淡い乳白色の思い出 「昔ね・・・オレが高校生の頃。ケンカとか揉め事起こして、交番の世話になった時、そこのお巡りさんが、これと同じもの出してくれたんだ」 “交番のお巡りさん”が誰のことなのか、直ぐにわかった あの日、私たちに向けられたのは、鈍く光る銃口と歪んだ正義 それらを抱えたまま、その人は暗い海に消えた あの時、私の髪を撫でてくれた掌の震えを、今でも憶えてる それでも、そらさんは笑う 「もうガキじゃないって言ってんのにさ・・・・・・行く度にコレが出てくんの。笑っちゃうでしょ?」 自嘲の陰に隠れた言いようの無い寂寞が、胸に突き刺さる 「今日・・・打ち切りになったんだ・・・原田さんの捜索」 諦めだけを映した視線の先に、力なく呟いた言葉が落ちていった 「・・・ごめんね。甘子ちゃんが嫌いな相手だっていうのは、わかってるんだけど・・・オレにとっては、やっぱり・・・恩人、だから・・・」 自身の痛みを堪えながら向けられた優しさに、私はただ、頷くことしかできなかった 「オレさ、あの人みたいになりたくて警察官になったんだ。どうしようもなかったオレに、生き方を・・・本当の幸せって何なのかを教えてくれた。あの人が居なかったら・・・多分、今のオレは居ないよ」 手探りで生きてきた暗闇の中に見えた、一際輝いていたひとつの星 その星に近づきたくて、その星みたいになりたくて、ひたすら前に進んできた けれども、近づいて見たその星は姿を変えていた 形はいびつに歪み、あれほど放っていた光すら消えていた それは 時間が変えたのか、それとも 都会の明るすぎる光の所為だったのか |