02
キャプテンが船に戻ってきた時、その腕に抱えた人物を見て驚いた。昨日の夕方ベポを送り届けてくれた女性だったからだ。
一体何が起きたのかと思いキャプテンの元へ駆け寄ると、昨日見た姿とは全く異なりボロボロの状態になって気を失った彼女の姿にペンギンは眉を顰めた。
「治療する」
「……、わかりました」
ショウトを抱えたままだと扉を開くことができないローに変わり、医務室に続く道を進むためペンギンはローの前を歩きながら船室の扉を開けて中へ誘導する。
一体何が起こったと言うのだろうか。
何故彼女はこんなにもボロボロになっていて、キャプテンが治療することになったのか。
キャプテンの判断に何も不満はない。
ただ、少しだけその経緯は気になった。
ベポの治療のお礼か、元々の彼の気質か。
医務室にたどり着くと、ベッドにショウトを下ろし怪我の確認をするために上着を脱がせる。
白い肌に広がる打撲の痕や撃たれたような痕を残す四肢、口から溢れたのであろう血の跡にいくらなんでも酷すぎるとペンギンは再度眉を顰めた。
「イッカクを呼べ」
ローがペンギンに短く指示をする。
その意図をすぐに把握し、わかりました。と応えるとすぐに部屋を出てこの船の女性クルーを探しに行った。
「そう言う形跡は無いみたい。服を脱がせなきゃいけない所の止血は一応しておいた」
医務室のドアを開けて出てきたイッカクが医務室の外で待っていた2人に報告した。離れ際にそれにしても酷い暴力だね。とも付け加え、沈痛な面持ちで彼女は持ち場に戻っていった。
ローとペンギンが医務室に入るとショウトは前開きのワンピースを着て静かに眠っていた。
右腕が赤黒く腫れており、もしかしたら折れているか骨にヒビ入っているのかもしれない。
ローは手早く傷だらけの彼女の手当てを始めたが、足首の拘束を解いた時に手が止まった。
古い傷跡だが、白い足首にはそれを取り囲む様に無数の傷跡が残っていた。長い期間足首を拘束されてないと出来ない傷だろうとすぐに判断できたがペンギンは口には出さなかった。
隣で治療を行っていたローも同じことを思っただろう。
足の指は元からしていたのかテーピングがされていた。爪先を酷使する様なことを日常的にしていたのだろうか。
「…この女に見覚えはあるか?」
昨日会うより以前に、という意味だろう。
眠る彼女の顔をジッと見つめたままのローが静かに問うてきた。
どこかで見たような気がするその既視感はペンギンも頭の隅につっかえる様な感覚として感じていたことだった。
「手配書を調べてみます」
おそらく彼にも自分にもどことなく見覚えがあるように感じるのならば、それは手配書や新聞で見たからだろうとあたりをつけた。
*******
その日夕食を食べているローの姿を食堂で見つけたペンギンは彼の席の真向かいに座る。
「わかったか」
「はい。これに間違いないかと」
ペンギンが差し出してきた手配書を受け取ると、そこには医務室で寝ている彼女より幾分も若い少女が暗い瞳でこちらをみている写真が載っていた。
昨日見た表情とはえらい違いだと思いながらその手配書を読む。
「アグリーダックか。随分と皮肉の効いた可愛らしい名前じゃねェか」
「醜いアヒルの子、ですか。童話の」
この通称に込められた意味が、
童話の様に美しい鳥になる原石を指し示すよりも、
いつまでも美しくなれない醜い鳥であることを揶揄するかの様な印象を受け、ローはシニカルな笑みで手配書を片手に持ち眺めた。
「どうやらマフィアに所属して、裏取引の物品や情報を運んでいたみたいです。ハネハネの実を食べた羽根人間…超人系ですね。懸賞金額は3000万。低くは無いですね」
「大方、マフィアだけじゃなく海軍や政府の裏取引の情報やルートも知っているんだろ。政府直轄の機関が多用する武術を使う奴も紛れていた。余程自分たちの元へ連れ戻してェんだろう」
食後のコーヒーに口をつけながらローはこともなさげに応える。しかし、その口元には良い情報を持っている奴を見つけたと悪い笑みをこぼしているのをペンギンは見逃さなかった。
再度手元の手配書を見やった時に、ローはあることに気づき眉間に皺を寄せた。
少しぶかぶかのフライトキャップを被り、黒い上着にホットパンツを履いたショウトからスラリと伸びる左外腿の上部には、彼女を連れ去ろうとしていた男たちの肩にも同じ、闘牛の角が生えた歯を見せて笑う仮面の入れ墨が施されてあった。
医務室で見た彼女は服を着ていた為気づかなかったが、恐らくこれはマフィアの所属を表す入れ墨なのだろう。
仲間意識を持った者たちが所属や立場を表すために同じマークを持つことは珍しいことではない。
ショウトの足首に残る拘束の痕にいささかの違和感を感じながらそう結論付けることにした。
「明日の午前中にはこの島を出港する」
「彼女はどうするんですか」
「連れて行く。あの女から聞き出せる情報と、怪我の治療とで取引する」
「断られる事は…?」
「ねェよ」
かなり重要な情報を引き出そうとしているが故に取引自体を拒絶されるのではないかと些か不安に思ったペンギンが口をついて尋ねると、目の前の男はニヤリと口角を上げて、ペンギンに見えるように右手を四指曲げる。
心臓を抜き取ってでも取引をさせるつもりだという意思表示に死の外科医の異名を感じ取る。
彼は必要に応じて心臓を抜き取ったり、相手の身体をバラバラにしたりして、脅し、略奪し、時にはクルーや自分の身を守ってきた。
今までの船長の海賊としての功績が、彼を死の外科医とまで言わしめるのだ。ペンギンはそれを誇りに思う。
「出航までにシャチと俺で、彼女が住んでいたという小屋に荷物をまとめに行ってきます。しばらく乗船させるのなら、うちの船には女性の洋服や用品もありませんから」
きっと彼女は取引に応じるだろう、そう成らざるを得ない。ローがその気になればいつだって選ばれる選択肢は決まっている。
ペンギンはローを信じて疑わなかった。
だからローが望むべき方向に進んだ先にある、自分にできることを少しでも先回りして提案する。
ふと入り口を見るとローの許可を得たちょうどその時に食堂に入ってきたシャチの姿を見つけた。
「じゃあ、明日運びます。今日はお疲れ様でした」
「ああ」
席を立ち上がり船長へ労わりの言葉をかけた後、
未だ食べていなかった自分の夕飯を取りに食堂のカウンターに向かいながら、シャチに事の次第をどう説明しようか頭の中で考えを巡らせた。
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