小説 | ナノ


3.One vision 01

マリンフォードが見えてきた。


遠目にもわかるほどに至る所からあがる噴煙が、戦いの激しさを物語っている。


フライトキャップの鍔を深く被り直し、銀縁のゴーグルを着ける。バタバタと服の間に入り込む風を、アビエイタージャケットの襟を留めて落ち着かせた。

ヒュウヒュウと風切音が耳をつく。
ようやく島の全貌が見えてきたこの場所からは、海兵と海賊の怒号や喧騒を拾うにはまだ遠い。

もう少し近づけそうだと、海上を一直線に飛ぶも、海は怖いくらい静かだった。



あの場所でどんなことが起きているのか知らせること、そして戦いを見届けることができる海上まで案内すること。それが私に出来ることだ。

自分にできることを噛んで含むように確認して、嵐の前の静けさに包まれた空を全力で飛び続ける。

そう時間もかからずに島の全貌が確認できる上空が近づいてきた。



そろそろかな。


小さめのリュックに入れてきた小電伝虫を取り出して、ベルを鳴らす。

鳴らしてすぐに一拍もおかず、すぐさま通話は繋がった。まさに待ち受けていたかのような性急さだ。


『羽根屋!!手前ェ今どこにいやがる!!!』


目を釣り上げ、口を大きく開いた表情の電伝虫が怒号を飛ばしてくる。
電話向こうのローさんがどれほど怒っているということが如実に伝わってきて、マリンフォードの喧騒を予期するものとは違った冷や汗がツーと背中を伝った気がした。


「マリンフォード近くの上空です」


しかし気圧されてはここに来た意味がないと、勤めて冷静に応える。
いくら怒られたって、ローさんたちの願いを叶えつつ船のみんなの安全を確保してあげたい。その気持ちだけで今まさに空を飛んでいる。

ポーラータング号に置いて来た映像電伝虫のプロコに映像を送るために、連れているカメコをマリンフォードの方向に向けた。


「お願いです、映像電伝虫をつけてください。
島とその海域近くの様子をお伝えします」
『……チッ。勝手なことしやがって』


舌打ちをしながらも、お願いした通りプロコから映像を受け取ってくれたのだろう、通話の向こうで、おお……というクルーたちの感嘆が小さく聞こえた。

カメコに能力で翼を生やし、自分の近くに飛ばして手元をあける。私は双眼鏡を覗き込んで戦況と、その範囲を確認した。


「今現在、マリンフォードの海岸線は壁みたいな……防護壁、に囲まれていてます。えっと、これで倍率合っていますか?」


カメコに特殊な眼鏡をかけさせて、レンズの縁にある倍率を調整するズームレンズを回す。
これでマリンフォードの喧騒の様子がよく見えるはずだ。


『……ああ』


静かに低い肯定の返事が返ってくる。
私が勝手をした事への怒りはまだ収まっていないかもしれないけれど、マリンフォードの様子が伝わることは彼にとっても有益な事のはずだ。


「白ひげが能力を使うと、ひどい津波が起きるようですが……。それなりに距離をとっていればおそらく島の様子が見えるところまで近づけます」
『もう出航したよ!早く船に戻ってよショウト!』


ベポちゃんの焦った声が通話に割り込む。
もう船はマリンフォードに向けて出航したらしい。ならば、戦いを船から見守ることができる安全圏を確認することは続けたい。


ロギア系能力者がいる以上、能力の効果範囲や射程距離がわからない。能力を使ったときに海へどんな影響があるのかも。

これくらい距離をとっていれば目の前の争いのために放った攻撃が、こちらまで流れて来ることはないだろう。もう少し、近づける。


双眼鏡を覗いて見えるのは、双方譲らない戦いだがーー


「あっ………!!白ひげが膝をつきました……!!」


どういう訳か白ひげが血を吐いて膝をつき、今まさに処刑台に座る火拳の首へ剣が下されようとした。
 

瞬間、別の場所で、見知った顔の雄叫びが響く。
はっきりと聞こえたわけではない「叫び」なのに、それはビリビリと肌を撫でて全身が戦慄いた。
まるでヒューマンオークションで感じた、レイリーから発した底冷えするような威圧感に似ている。


「麦わらのルフィ……彼が、処刑をとめた?」
『………。』


頭で理解するよりも早く、口が状況をついていた。
麦わら帽子の彼があげた叫びが届いたのか、どういうわけか火拳のエースに剣を振りかぶっていた海兵2人がその場に崩れ落ちてしまった。

ざっと戦いの広場を見渡してみると、泡をはいて気を失った様子の海兵たちや海賊たちが見受けられる。

自分が起こした異変には目もくれず、麦わらのルフィは火拳のエースがいる処刑台へ駆け出していた。


オークション会場で見た時のような、黒い真っ直ぐな瞳は、きっと兄と慕う火拳のエースしか見えていないのだろう。


援護するように、海賊や……、あれは、革命軍……?が、彼の進む道を開ける。
なんで革命軍まで彼についているのかしらと疑問に思うも、理屈ではなく彼には人を惹きつける何かがある。

私も不思議と目が離せず麦わらのルフィを双眼鏡で追ってしまっていた。


『面白れェ奴だ』


一言だけ、聞こえてきたその声には、愉快さが滲んでいる。ローさんも麦わらのルフィに何かしらのものを感じとっているのかもしれない。


そんなことを考えているうちに、麦わらのルフィは周りの人間全てを巻き込んで、火拳のエースを奪還してみせた。


信じられない。
海軍の全勢力ともいえる力を前に、まさか処刑される人間を取り返してみせるなんて。
不可能を動かしてみせた彼の表情は、兄との再会を果たして純粋な喜びに満ちていた。


ヒューマンショップで見た、天竜人を殴り飛ばした姿も記憶に新しいけれど、麦わらのルフィは信じがたい出来事を何度も起こす。


処刑台から逃げるために戦う、麦わらのルフィと火拳のエースの息はピッタリと合っていて、二人の口元はまるでこの状況をもろともしないかのように笑っていた。


「すごい。……奪還するなんて、想像してませんでした」


この戦いがどんな終わりを告げる戦いなのか、想像はできなかった。同時に、処刑台に登った彼が助け出されることなど、想像もつかなかった。


『まだ終わらねェよ』


ローさんの冷静な声が電伝虫から聞こえたのとほとんど同じタイミングで、白ひげの咆哮と空気の振動がドンと音を立てて全身を震わせる。

マリンフォードに聳える海軍本部に大きな亀裂が入り、島ごと倒壊するような威力で島を襲う。

後先もない力の発揮の仕方に、白ひげは恐らく己の命と共にマリンフォードを海に沈める気だと直感させた。



時代の節目。



ローさんはここに来る前にそう言っていた。

一人の男が打ち立てた時代が、今変わろうとしている。それを頭で明確に理解しているわけじゃないのに、全身に感じる寒気は、変わりゆく何かを確かに感じ取っていた。



そして、戦場の明らかな異変にも。



「何故……!逃げないの……!!」


一体全体どうしたということなのか。
赤犬を前に、火拳が足を止めた。
麦わらのルフィも焦ったように火拳に何かを叫んでいる。

そして、


「あ…!!!!!」


エースがやられたァ〜〜〜!!!!!


間違いなく、そう叫んだ悲鳴が聞こえた気がした。


「ひ、火拳のエースが赤犬に倒されました。
……!?麦わらのルフィの様子が……!」


目の前で燃え尽きた火拳の命が受け入れられないのか、白目を剥いて意識を失うようにガクガクと震える麦わらのルフィの姿をカメコがとらえる。


『……チッ』


火拳を助けられたと思ったのに。
海軍の手から救い出せたと思った瞬間、まさに目の前で奪われてしまった。

ボロボロの状態でここまで駆け上がってきたのだろう。精神力だけで保っていた麦わらルフィの身体は確かめるまでもなくもう限界だ。

命が危ない。


『おい!お前ら……!!マリンフォードに行くぞ!!』
『えぇぇぇえええ!!!』


電伝虫から初めて聞くローさんの号令に、電話向こうからいくつもの驚きの声があがる。
どう言うことかと問いただす声も混じり、船内は戸惑いと混乱が入り混じっていた。


『麦わら屋をここで亡くすのはつまらねェ。おれは、行きたい』


それは船員に対する命令ではなく、希望った。
珍しい彼の言い方に、一同言葉が詰まる。


「……船が接岸できる場所へ、案内します」


ハートの海賊団の彼らの意思よりも先に、自分が発言するなんて出しゃばりかもしれない。
だけど、そうしたかった。

彼が行きたいという場所に、連れて行きたかった。


『グズグズするな!俺たちのキャプテンがそう言ったんだ!俺たちは信じて付いていくのみだろ!』
『アイアイ!航路を確認するね!」


私の言葉を皮切りにしたのか、ペンギンさんの檄が飛んだ後、ハートの海賊団のクルーたちが慌ただしく動き出した。



「その船は、垂直に浮上することができますか?
空の上から船の位置を捕捉して、浮上のタイミングを伝えます」
『わかった』


凪の帯の海獣たちから逃れる為に身につけた技術が、まさかこんな風に活かせる時が来るとは思いもよらなかった。



でも、私なら出来る。
出来なければいけない。


ゴクリと鳴る喉は、煩いくらいの胸の鼓動がかき消した。



白ひげの最後は凄まじかった。

広場を真っ二つに割って、海賊たちと海軍を分断してしまった。
彼の大きな背中は顔半分を失ったしまった状態でも力強く威厳を保ち続けていて、その姿は後世に語り継がれても遜色ない最後だと圧倒される。



クルーを逃す為に、船長自らが死地へと立つ姿は、荘厳であり悲しかった。


白ひげ海賊団は船長である白ひげを親父と慕い、まるで家族かのような絆を持つ海賊団だと聞き及ぶ。


白ひげの背中に、燃える教会から私を逃がそうとしてくれたシスターの背中が重なって胸が裂けそうになった。

あの時の自分への悔しさや不甲斐なさ、胸を焼き切る程の理不尽さを海賊団の皆が一様に感じているのかもしれない。



「………」
『よく見ておけ』



ローさんが静かに言った言葉は、変わりゆく時代の発端のとこなのか、海賊たちが湾頭にかけて行った先の海の様子なのか、どちらとも聞けなかった。


「今海賊たちが湾頭に船をつけています。麦わらのルフィもそこに運ばれます。ただ……どういう訳か黒ひげが現れました」


突如として現れた黒ひげ海賊団の不気味な面々が何をしでかすのか。指先からじわじわと嫌な予感が走る。


どうやら白ひげと悶着して何企んでいるみたいだ。大怪我を負った白ひげのもとに仲間を引き連れて現れ何かをしようとしている。


『不確定要素に混乱するな。船をつける場所を教えてくれりゃァ充分だ』


何に注視しようか右往左往する私の心を見透かしたかのように、ローさんの言葉が私の目的を明確にしてくれた。

黒ひげの一団は白ひげのもとに集まっていて、言ってしまえば麦わらのルフィには目もくれていない。

針の穴を縫うようなチャンスは数少ない。
助けるなら、今のうちかもしれない。


「わかりました」


七武海のジンベエに担がれて、意識を失っている麦わらのルフィの姿を見失わないよう、彼らが駆ける道中と、ローさんたちが駆けつける海の波間に意識を集中させた。


どうか、うまくいきますように。

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