小説 | ナノ


2. I am with you.01

真っ白な雪原を進む。
ザクザクと靴の底で踏みしめる雪の音が、遠い故郷を思い出して少し懐かしかった。


「……本当にそれを着るのか?」
「ダメですか?」
「ダメじゃねェが……」


時に強く吹雪く風に白い息を吐きながら、黒いコートの中でローさんが口籠もった。いつも割り合いキッパリと物を言う彼にしては、先程から珍しくハッキリしとない。

ローさんが言う「それ」とは小型船の中で披露したエプロンのことだ。

今はグレーで首周りのファーが暖かいコートを上に着込んでいるが、その中に身につけた黄色の布地のエプロンは、肩から背中にかけて邪魔にならない程度のフリルがついている。襟付きの暗めの色のワンピースの上に身に付ければメイドのようにも見えた。


「そういう趣味はねェんだが……」
「どういう趣味ですか?」


尚もしっくりこない様子のローさんに、一体何が言いたいのかと追随して質問すれば彼はぐっと口を引き結んだ。

名案だと思うんだけどな。クルーでも用心棒でもなく、王下七武海という称号を持った彼の「お付きの世話係」として潜入する作戦は。



そんなことを考えながら雪の中を歩き続けると、複数の気配が風に乗って肌に届いた。

幼い頃より凪帯の上を飛行して武器の輸送を続けた私は、知らぬ間に見聞色の覇気を磨き続けていたらしい。

修行をしてそれを研磨した今、見聞色の覇気については結構得意だ。


「お出迎えが遅いですね」


複数の気配のする方を見据え、ローさんの前に立つ。
フライトキャップの鍔を掴み目深に被り直して、雪が目に入らないようにした。

背負っていた大弓を構えて、羽根の一部を利用した細い糸をピンと張らせる。
同時に同じく能力を使い弓矢を生成した。
もちろん、矢尻部分には毒のおまけ付きにして。


キリキリと弓を引き絞り、手を放つ。
風切り音をビュンと鳴らして弓矢は標的目掛けて真っ直ぐ飛んでいった。

そのまま相手の足元に着弾した弓は、雪や地面を爆発させて数名人を蹴散らす。
遅れて驚愕に喚き立つ声がこちらにも降雪に混じって届いた。


九蛇海賊団は覇気を弓に纏わせる。
そうすることで岩をも砕く強力な弓を引き放つことができるのだ。

……と言っても、私はまだ修行が不十分で、十分に狙いを定めた上でないと覇気を纏わせることができない。

まとめて打ったとすれば、5本に1本の成功率に留まる。
一年間という修行の時間は長くも、短かった。


「行くぞ」


ローさんが私の腰に手を回すと青い膜を瞬時に張り、弓矢が巻き上がらせた雪に紛れて相手の目の前に移動した。

白く舞い上がった雪に乗じて、能力の手の内を相手に見せることのないタイミングだ。


真っ白な視界が風に吹かれて視界が晴れていく。


目の前には『CC』と書かれた防寒具を着た男たちが大きな空洞の輪に胴体を通していた。
輪に繋がったいくつもの風船に吊られて身体が宙に浮いている。

その内の一人が恐れ慄いた表情で口を開く。


「お、お前は……王下七武海の……」
「知ってるなら早く案内しろ」


王下七武海の名前は便利だと、彼らのやりとりを油断なく見つめた。

蛇姉様も海軍の召集には応じるつもりはないが王下七武海の称号は欲しいと将校にとんでもないわがままを言っていたな、そう言えば。


「わかった。Mの元へ案内する」


突然の奇襲まがいの登場に加え、王下七武海のトラファルガー・ローに敵うわけがないと判断したか、小競り合いみたいなものは無くすんなりと『マスター』のところへ連れて行ってくれると言う。

マスターがここパンクハザードの支配者なのだろう。しかし、ここパンクハザードに住んでいると聞いていたのは、シーザークラウンという名の科学者のはずだっだけど……。


ふわふわと宙に浮く風船の乗り物を駆使して雪原を進む、男たちの後に続く。

雪道を歩くのは久しぶりだ。
しんしんと降る雪に白い息が混じって立ち登る。寒い空は澄んでいて綺麗なことを、故郷も確かそうだったと思い出していた。


「嬢ちゃん、足元気を付けろよ」
「その乗り物、便利ね」


近くにいた人相の悪い男は、意外と気遣いのできる人物なのか、紳士的な声をかけてくる。
かと言って、実は雪道に歩き慣れていることも、その理由も話すつもりのない私は、彼らが乗る乗り物に話題をすり替えた。

雪原でも宙に浮いていれば、雪に足元を取られることもない乗り物は、雪にまみれたこの土地での画期的な発明にも見え、話題に丁度よかった。


「これか!?これはな!Mのおかげなんだ!」


急に気色ばんで話し出す男の様子から察するに逸らした話題は、この場に最適だったのかもしれない。


「この島に残った強力な神経ガスに下半身の自由を奪われた者たちや、おれのように"最悪の世代"の一人のせいで両足を失った者たちに、Mは科学力の足を与えて部下にしてくれた!」


男の話を聞きながら、チラリとローさんに視線を送る。帽子の影に目が合ったローさんが、コクリと小さく頷いた。


「Mは命の恩人なのね」
「その通り!Mは"人類のための研究"をしていて、おれたちは少しでも役に立ちたい。以前ここでしていた実験で同志たちの足を奪ったベガパンクが悪魔に対し、Mは救いの神だ!!」


ここはベガパンクの元実験施設に間違いない。

この地を訪れるにあたって確信はあったが、確証はなかった。
しかし、この話を聞いてここが政府の元秘密施設ということが決定付いた。


神とまで崇拝されるMとやらは、余程できた人間か、はたまた、とんだ詐欺師か。


大体なんだ、"人類の為の研究"って。

この研究所で秘密裏に作られているSADの情報を事前に聞いているからこそ、そんな大層な研究がされているとは俄かに信じがたい。

それでも、茶色の髭の男が目を輝かせて話すくらいにMとやらは崇拝に近い尊敬を集めている。
それが違和感を抱くほどアンバランスに思えた。

……人の役に立つ研究の裏で、人外な研究をしているのか?



ざくさくと雪を踏み分けながら歩いていると、

……ピー…

ともすれば聞き逃してしまいそうな弱々しい鳴き声が耳に届いた。


「鳥……?」


雪原を見渡せば、廃屋となった建物の瓦礫の間、風を避けられるギリギリの場所に、小さな巣を見つけた。
その中にはぐったりとした白い鳥がいる。

雪の中に消えそうな鳴き声はその白い鳥が鳴いたものだ。


「ありゃ、もうダメだな」
「まだ場所によっちゃ有毒物質が僅かに残っている場所がある」
「どこからか吹き込んだ毒を吸い込んだんだろう」


男たちは口々にそう言うと、その鳥から目を離して前進を続ける。

ここでは当たり前の光景だったのか、今にも消えそうな命の灯火は、彼らの中ではもう消えたことになっていた。


かつての私なら先を行く彼らと同じようにしただろうか。
死んだように生きていた私には、他人の生など興味がなかった。

そもそも自分の生に興味があったわけでもなかった。死んではいけないから、生きていただけだ。


それをローさんが変えてくれた。
自分の意思で生きること、いろんな世界を見て周り、自分だけの自由な生き方を見出す美しさを教えてくれた。



彼ら全員が白い鳥から目を離した瞬間を見計らって、能力を使い手元に運ぶ。

助けられる命では無いかも知れない。
だけど、真っ白な世界で一人死んでいくよりは、せめて私一人でも側に居たら何か救いになるんじゃ無いかと、偽善に近い気持ちが身体を動かしていた。


「……連れて行くのか」
「勝手なことをしてすいません」


ローさんが私の手元に視線を落とす。
浅く荒い呼吸をする白いノースバードは、自身が置かれている環境が変わったことに気づいていない。
それくらい、身体が弱っている。

恒温動物の鳥が、雪の中で身体を冷やして良いことなど一つもないだろうと羽毛でその横たえた身体を覆ってやる。


「おや?!嬢ちゃん、いつの間にそいつを連れてきたんだ?!」


茶色の髭の男は大きな声と身振りで、私の両手にのせられたノースバードに驚く。

そして苦しむ小鳥の姿を見ながら、Mならあるいは助けられるかも知れないなと、顎髭に手を当てながらぶつぶつと一人呟いていた。


死ぬ時に独りは寂しい。
たったそれだけの動機だ。


これからSADの研究所に潜入するというのに、何て余計なことをしているのだ。
自分でもそう思うし、ローさんもきっとそう思うだろう。


だけどこの子にも家族は居たのだろうか。
真っ白な世界で一人死を待つことは、どんなに心細いことなんだろう。

私がもし死ぬ時には、独り寂しく死んでいくのだろうか。

それとも、誰かを想いながら死ぬのだろうか。


もし、そうだったら良いな。
そばに誰も居なかったとしても、誰かを心に描きながら死ねたなら嬉しい。

そして、できたら、誰かが私のことを覚えてくれていたら、もっと嬉しい。

だからもしこの子が毒に侵されてこのまま死んでしまう運命にあったとしても側に居てあげたい。

毒に汚染された白い世界で出会ったノースバードのことを、私は覚えているから。

ただ、そんな偽善だった。


prev / next

[ back ]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -