03
飲み屋で手に入れた地図を元に、小型の砕氷船で例の島を目指した。
密閉された部屋を有する小型船をわざわざ選んだのはローさんが事前に得ていた情報があったからで、その島付近には稀に毒ガスが漂っているらしい。
不運にも海流に迷い込んだ漁船の乗組員が島から流れ出て気流に乗った毒ガスを浴びて、今なお神経系の後遺症に苦しんでいるらしい。なんとも危険な島だ。
何の準備もせずに能力を使って空を飛び、島に乗り込んでいたら私も同じ目にあっていたかもしれない。
毒ガスを遮蔽すること、そして島の半分を囲む極寒の海に浮かぶ氷を砕いて進むために、砕氷船を使うことにした。
しかしおかしな話だ。
4年前この島……パンクハザードは化学兵器の実験に失敗して以降、有毒物質に汚染された島だった。
しかし2年前に赤犬と青雉の決闘があった時には、どういうわけか島の有毒物質はほとんど無くなっていたと言う。
それが今になって毒ガスが発生した?
自然発生というよりも、人為的に散布された可能性は否定できない。
船の操縦をするローさんの横顔を盗み見る。
何かを思案しているような視線で前を見つめるその表情は、島が近づくにつれ暗雲立ち込める荒れ模様の天気を見つめているような気もしたし、上陸してからの施策を練っている気もした。
声をかけても良いものか悩んだ。
大切な思考の時間を割って入る事にも気が引けた。
だけど、2人しかいない海の上は誰にも盗み聞きされる心配のない場所でもある。
「……何も、聞かないのか」
そんな私を見透かしたのか、荒れる海面に視線を向けたままローさんが口を開く。
何を聞けば良いのか。
それはここに来るまでも何回も考えた。
だけど決まって答えは一つに行き着く。
「着いていきます」
ローさんが何をしようとしているのかを知ったとして、私が行く道が変わるわけじゃ無い。
私の望みは、この命をかけて彼の役に立つことだ。
「……」
大きな波が船にぶっかって、船が揺れた。
チラリとこちらをみた、金色が一瞬だけ光って細められる。
「四皇を一人、引きずり落とす」
その策の壮大さは、私の考えなどとうに飛び越えたもので流石に目を見張った。
四皇といえば、新世界の覇者たちだ。
まるで皇帝のように君臨するその一人を引きずり落とすどころか、私は今まで極力関わらないようにしようとしていた。
自分には到底計り知れない強大な相手を不意に見せつけられて、無謀にも感じる策の露見に怯んでしまいそうになる。
けれど私がローさんのやろうとしていることを止めることなどお門違いだ。逃げるのも、違う。
この海はのし上がり続ける者だけが生き残れる。
そう思えばこれはローさんが海賊としてのし上がるために必要な段階なのかも知れない。
「……恐ろしければ、着いて来なくても良い」
口を固く引き結んだ私の表情から内心の恐怖を読み取ったのか、ローさんは小さく呟いた。
確かに今なら飛んで逃げることもできる。
だけどそれは私一人だ。
ローさんはこのままパンクハザードを目指す。
おめおめと逃げ出して、もし次があるなら……なんて、そんな考えを抱ける決意なんかじゃない。
ローさんがどんなことを成そうとしていたとしても、私が選ぶべき選択肢は、たった一つだけだ。
「望みもなく生き長らえて、行く当てもない私にローさんは希望や意味をくださいました。少しでも私にお役に立てることがあるのならば、どうか、作戦を教えてください」
彼の瞳に真っ直ぐ応える。
そんな私の瞳の奥をみたローさんはため息をつくことも、笑うこともなく、真剣な顔のまま口を開いた。
「四皇カイドウと王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴは、お互いビジネス関係を結んでいる。
ドフラミンゴは闇取引の際自らをジョーカーと名乗り、人造悪魔の実を奴から買い取ったカイドウは何百人もの能力者軍団を有することになった」
カイドウとジョーカーの闇取引の話は、裏の世界では実は有名だ。だけどそこにスマイルなんてものが絡んでいるとは、露も知らなかった。
「パンクハザードのシーザーという科学者がジョーカーの下、秘密裏にSADという化学兵器を生産している。そのSADを元にスマイルは作られている」
ローさんが王下七武海になった理由の一つは、この取引内容の情報を得るためだったのじゃないかと思う。
理路整然と話される情報を間違いなく理解しようと、一言一言に注意した。
「作戦の第一段階は、SAD製造所の破壊とシーザー・クラウンの誘拐だ。ジョーカーとの取引に利用する」
「ジョーカーにとってこれ以上の痛手はないですね。ただ……彼らの怒りの矛先が私たちに向くことは必至ですが」
「カイドウの怒りはおれ達に向くと同時に、ジョーカーにも向く」
そこで二人が大きな戦いになれば、自ずとどちらの戦力も低下する。
スマイルがもう生産できないとなればカイドウの有する能力者もこれ以上増えることはない。
ジョーカーとカイドウのどちらかが破れるか、弱体化した両者を背後から叩けば良い。
とても合理的な作戦だ。
多分、カイドウとジョーカーが戦ったらジョーカーの方が分が悪いだろう。スマイルの製造を阻止すれば、間違いなくジョーカーは窮地に立たされる。
勿論、首謀者である私たちも命を狙われることになるのは間違いない。
「もともと、賞金首ですからね」
誰かに命を狙われたとしても、そもそも自分は賞金首だ。これ以上狙われたとして今までと何が変わるというのか。
「"黒い不吉"。随分と良い名を貰えたじゃねェか」
意地悪に目を細めて、片唇を吊り上げ笑うローさんがいった。
過去、実しやかに囁かれた『不幸を呼ぶ黒ダイヤ』を貴族達がそう呼んだらしい。
持ち主にそぐわないと黒ダイヤが判断すれば、たちまちその家紋全体は不幸に見舞われた。
貴族達はその黒いダイヤモンドの呪いを恐れて、"黒い不吉"と暗喩しその存在を遠ざけることにした。
革命を示唆し鼓舞する"踊ってはいけない踊り、通称『夜明け』を貴族達の前で披露した私は差し詰め、不吉を呼ぶ象徴になったということらしい。
その前に踊っていた黒鳥の踊りと合わせて、それまで"アグリーダック"と呼んだ私の異名を"黒い不吉"と変えたのだ。
「私だってもう、醜いアヒルではないんですよ」
私もニヤリと笑って彼に返す。
「頼もしいじゃねェか」
ポンと頭に置かれた手が冷えた空気の中、やけに暖かくて重みが心地よかった。
そのまま、ぽんぽんと2度、私の頭を軽く叩きながらローさんは思案し呟く。
「さて。あっちにはお前のことを何て伝えるか……」
確実に私もローさんの関係性は、パンクハザードに乗り込んでから島内の人物に聞かれるだろう。
ローさんは王下七武海としての立場を保有しているか、それについてきたオマケとしての私をクルーと紹介してもらうには恐れ多いし、私を用心棒というには私の戦闘力などローさんの足元にも及ばす、むしろローさんは強すぎる。
「それなら、安心してください!」
だけど姉様達が用意してくれた『とっておき』を私は持っていた。
カバンをごぞこそと漁り、丁寧に折り畳んでいたそれを広げると、ふわりと黄色のフリルとリボンが軽く舞う。
それを自分の身体に当ててみれば可愛らしく服装を彩った。
前に居た組織に仕える女性が着ていたもののようにゴテゴテしたものでもなく、上品で可愛らしいそれを実は私も少し気に入っていた。
姉様たちの好意を無駄にできないと思って持ってきたけど、こんなにもすぐに役立たせられそうな場面が来るとは。
姉様達がたまたま手に入れた雑誌に男性はこれを喜ぶと書いてあったし、間違いないだろうから。そういってアマゾンリリーの人たちが縫ってくれたソレを広げて見せた時のローさんは、これ以上ないってほど唖然としていた。
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