小説 | ナノ


02

煉瓦造りの石畳の上を歩きながら、私たちは話を続けた。

ずっと会いたかった人に、こんなところで会えるなんて。

予期せぬ再開に自然と歩みも軽くなるが、そんな自分を内心で強く自制して、踵を地面につけることを意識した歩き方をした。
気持ちもしっかりと地に足をつけるためだ。

1年前の彼と表情や纏う雰囲気全体が違う気がすることは勘違いではないだろう。
どこか決意や覚悟を秘めた眼差しは、以前会った時よりもその色を濃くしている予感がした。


私が船を降りてから、今までどんなことを経験したのか。どんな場所を旅したのか。教えてくれるならば聞きたいことはたくさんある気がしたのだけれど、いざ本人を目の前にしてできる質問なんてこれっぽっちもなかった。


「何故すぐに追いかけて来なかった」


非難混じりのローさんの視線がこちらを見下ろした。
彼からこの質問をされたことに、申し訳なさよりも嬉しさと安堵が大きく跳ね上がる。

つまり、待っていてくれたと言うことだ。


「修行をしていました」


あなたのお役に立てるように。

歩みを止めると彼もつられてこちらを振り返る。
金色の瞳を見つめながらハッキリと応えた返事に、ローさんは心底呆れたとでも言いたげなため息を一つついた。


ーーいいの?せっかく消してもらったんでしょう?


旅立つ前にかけられた女ヶ島の姉様たちの言葉が鼓膜の奥に蘇る。

ローさんが七武海になったニュースを聞いた日。
私は自分の左足にある誓いを立て、彼を追いかけるべく海に出た。


女ヶ島での修行はそれは熾烈を極めて、寝ても覚めても過酷な戦いの日々だった。

昼夜問わず場外乱闘よろしく容赦なく私を攻撃してくる九蛇海賊団の面々から最初は逃げ回ってばかりいた。
けれど同時にマリーゴールド姉様やサンダーソニア姉様、時にはハンコック姉様が稽古をつけてくれ、私は死にもの狂いでそれらを自分のものにしようとした。


幼少期からこなした運び屋の仕事で、知らぬうちに鍛えられていた見聞色の覇気を軸に、九蛇の覇気と言われる武装色の覇気に通じる鍛錬も行った。

九蛇の姉様たちはアマゾンリリー生まれでもない私に、破格の稽古をつけてくれたのだ。


……実はまだ、武装色の覇気はあまり得意ではなくて出来ないよりは出来ると言ったところなのだが、約1年間、文字通り死ぬ思いで修行を積んできた。


ーーそれしきのことが出来ぬのか!一体一つのことを覚えるまでに何十年かけるつもりじゃ!!
ーー言ったであろう!命の保証はせぬと!!!


ズタボロになる私にかけられたハンコック姉様たちの戟は、今でも強烈に耳に残っている。

あの日々を思うと、よく生きていたなと今でも身震いする。
死ななくてよかった、本当。


それでも女ヶ島での生活は楽しかった。
みんなでした宴混じりの食事もさることながら、主にニョン婆様の目を盗んで、ルスカイナ島で修行する麦わらのルフィの様子をハンコック姉様を連れて上空から内緒で見にいったりもした。



「何の取引をしていた」


先程の酒場の店主とのやり取りを見ていたらしい。

ローさんに隠す必要も無いので、取り出したメモを渡した。そのメモを見たローさんの瞳が僅かに開かれる。


「最近ガールズシップを定期的に呼ぶ島外の太客がいるらしいんです。呼ばれた彼女たち曰く、船に乗るとどういうわけか眠気に襲われ、いつの間にか見知らぬ島に辿り着いているそうなのですが」


帰りも同様らしい。
決まって彼女たちは眠くなり、いつの間にか目的地に着いている。

それだけなら目的地を知られたく無い顧客の周到な手回しなのかも知れない。
だけど、彼女たちの話すある、チグハグさがどうにも引っかかった。

彼女たちの話をつなぎ合わせれば、
その場所はある時は火山帯の近くのように熱く、ある時は雪山のように寒いらしい。


ここで一つの噂が頭をよぎった。

頂上決戦の後、海軍のトップを決めるため赤犬と青雉が死闘を繰り広げたことにより気候が激変してしまった土地の話だ。

気候が変わる前から政府直轄の実験島として存在していた島は一度、大きな事故を起こして以来立ち入り禁止区域になっていた。
だがその場所で最近、何やらきな臭い兵器の名前をチラいている。


「スマイル」


発した一つの単語に、ローさんがピクリとも眉を動かさなかった。
帽子の影に隠れて表情は良く見えないけれど、直感的にこの話が的外れでは無いと感じる。


「私が昔居た組織が、この人造悪魔の実に興味を持ち始めていました。だから自衛の為に情報を得ていようと思ったのがきっかけです」


スマイルの名前には聞き覚えがある。
1年ほど前、グラン・カルバナル号で私を囲っていた元組織が売ろうとしていた人造悪魔の実の名称だ。

確か、これからの時代はスマイルだとも、手に入れるのに酷く苦労したとも彼は言っていた。


「スマイルの情報を追うと、"世界政府直轄の立ち入り禁止の島"に行き着きます。同時に、ローさんが王下七武海になった時、何故あなたがわざわざ海軍の傘下に入って海賊をするのか考えました」

「……」

「私が修行をしていた女ヶ島は、その庇護の下で国の安全を確保していました。けどハートの海賊団は国民を抱えているわけじゃ無いし、七武海の称号に守られる必要があるほどヤワな海賊団じゃないと思ったんです」


アマゾンリリーは収入源を海賊行為による略奪に頼っている。
凪の帯に位置することに加え、皇帝であるハンコック姉様が持つ、王下七武海の権威が国を守っていた。


だけどハートの海賊団に王下七武海の権威は必要なのだろうか。

海軍の招集に応じなければいけなかったり、収穫の何割かを政府に納めることが義務づけられる。政府の狗とまで揶揄される称号だ。

得られる利益よりも義務の方が大きい可能性だったある。
むしろ王下七武海になることが手段で、他に目的があったのでは無いかと思った。


「……たとえば、政府の人間にしか知り得ない場所に入る為。とか」


ここまで言った時、今まで無言で話を聞いていたローさんがピタリと歩みを止めた。
カツン、最後になった靴底の音が響く。

私を見下ろしたローさんの瞳を、私も見上げた。


「名推理だな」


静かだけど、しっかりとした声が届く。
その声色にはどこか愉快さが混じっていた。

太陽を背にしたローさんはニヤリと、逆光の中、悪い笑みを口元に宿す。

そしてローさんは途中に置いてあったベンチに腕組みしながら腰掛けると、話の続きを促した。
私も隣に腰を下ろして説明を続ける。


「怪しい島があることは分かったんですが、島の場所が分からなくて。定期的にガールズシップを呼ぶことを小耳に挟んだものの、島に行ったことのある女のことたちも先ほどの通り、移動中は眠らされていました。船を運転する操舵手は眠るはずないからと思っても、ガールズシップの店側も顧客情報の保護のため口を割ることもないだろうし」

「あの店主は一度だけ、店の操舵手の手伝いとして船で島に行ったことがある」


今まで口を閉ざして話を聞いてくれていたローさんが、私の話の続きに割って入った。


「おれも、同じことを考えていた」


そう言って、先ほどの私が渡した地図に視線を落とす。


「立入禁止区域の存在は政府のツテで簡単にわかった。だが、どこの海域にあるのか、記録指針が指し示さない島の具体的な場所までは中々掴めなかった」
「ローさんに情報提供がギリギリ間に合って良かったです」


ローさんも同じ情報を追っていたのだ。
私と同じ店に来て、店主に取引を持ちかけるつもりだったのだろう。


「もう一つ、聞きたいことがある」


今度はこちらを真っ直ぐに見だ視線がかち合う。
金色に輝く瞳が怪訝そうに細められた。


「ビブルカードはどうした」


ベポのものを渡したはずだ。

そう続いた言葉が伝えたいことは、どうしてそれを使って追ってこなかったのかと言うことなのだろう。


「情報を集めてから、追いかけようと思ったのと」
「……?」
「ローさんは"航海士は船と共に居る"と言っても、『船長が船と共にいるかどうかは』とは言いませんでした」


今度ばかりはローさんも瞳を大きく開いて、数秒、呆けたように口を開いた。

そして、たしかに、たしかにそうだと、クツクツと笑い出した。

楽しそうに笑うローさんの姿は1年前と変わらない。それになんだかホッとしたような、安堵の気持ちが胸をくすぐった。


「ローさんのおかげで生きています」
「大袈裟だな」


大袈裟なもんか。

1年近く前にポーラータング号で踊ったあの日の出来事を忘れることなどできない。

死にたいと思わなくなったのに、生きる意味を見出せなかった私に、生きたいと思わせてくれたのはローさんの存在があったからだ。


「命に変えても、ローさんのお役に立たせてください」


もう一度、彼の瞳から目を逸らさずに言った。



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