小説 | ナノ


02

『"生きていた麦わらのルフィ"マリンフォードで新時代への16点鐘』


「呆れた……!」


思わず飛び出た感想と共に、新聞をベッドの上に放り投げた。
怪我の世話をしてくれているアマゾンリリーの戦士、マーガレットが、今すぐに読むようにと嬉々として持ってきた新聞。そこには麦わらのルフィがまたもや引き起こした事件についての記事が一面に載っていた。


マリンフォードでの大騒ぎの直後に、何故わざわざこんな騒ぎを起こすのか彼の行動には理解に苦しむ。

それを嬉しそうに話すマーガレットにも、私はため息をついた。

麦わらのルフィが友達なことはわかる。
しかし何故、彼の起こすトラブルを楽しそうに話すのか。


「ルフィって面白くて、頼もしいの」


にこにこと笑うマーガレットはボア・ハンコックに石にされたが、彼に庇ってもらったらしい。


なるほど。麦わらのルフィは行く先々で人々を惹きつけて止まない人物のようだ。


シャボンディのヒューマンオークション会場で天竜人を殴りつけたこと然り、マリンフォードで兄を助けるためにまっすぐ戦場を駆け抜けて行った姿然り、彼の強い信念とそれを実現する行動力は多くの人の心を動かすのだろう。


ローさんも彼に何かしらのものを感じ取ったのかもしれない。


私はベッド脇のサイドテーブルに置いていた飲みさしの水を口につけた。


「あーあ。ルフィにキンタマを取って見せて貰いたかったな」
「……ッゲホ!!」


彼女から飛び出したとんでもない一言に思わず咳き込む。私の反応に、マーガレットは目を輝かせた。


「ショウトは取って見たことあるの!?キンタマ!!」
「………ないよ」


やめてくれ。
私は目を逸らしながら詰め寄る彼女から視線を逸らして、そんなものは見た事も聞いた事もないと嘘を貫き通し続けた。








女ヶ島に船を寄せて約2週間、凪の帯を泳いで来たというシルバーズ・レイリーと入れ替わるようにハートの海賊団はグランドラインへと帰って行った。

遠くなる前に潜水した黄色い船が沈んだ海を、飽きる事なくずっとずっと見送り続けた。
そんな私の隣ではレイリーさんが何も言わず、だけど優しく付き添い続けていてくれた。


ヒューマンオークションで会った時のレイリーさんは、その異様な力が恐ろしかった。
けれど、ハートの海賊団を見送った後、気さくに話しかけて来てくれた彼が話すことには、あれは覇気というものであって、意志の力が為すものらしい。

そのにこやかな笑みは、歴戦を乗り超えてきた海の男の貫禄と、温かな親しみやすさをたたえていた。


「彼らは仲間だったのかね?」
「私が助けられたんです」


ハートや海賊団の船は水平線のどこを探しても、その姿が見えなくなった頃、レイリーさんも同じく水平線の先を見ながら私に聞いた。

怪我人の私が一人、島に置いていかれてしまったことを心配してくれたのだろうか。

私の答えに、フム……と髭を撫でながら考える仕草をする。彼が海を見る視線は、随分と穏やかだった。
余計な詮索をしない、何も聞かないでいてくれる彼の独特の雰囲気と沈黙は、むしろ心地よかった。


冥王、シルバーズ・レイリー。
かの海賊王ゴールドロジャー海賊団の副船長だったという。
彼はこの大海原でどんな冒険をしてきたのだろう。


「今はコーティング屋の"レイさん"だ。そう緊張しないでくれ。よしなに頼むよ」


改まって彼を見上げる私をレイリーさんは見下ろして、優しく微笑んだ。



それからしばらくして、ジンベエにおぶわれたルフィが瞳に光を宿して森の奥から戻ってきた。

傷だらけになりながらも、兄エースを失った悲しみをジンベエの尽力のおかげでなんとか乗り越えたのだ。


一体どんな励ましで彼はもう一度立ち上がることができたというのか。
私だったらどんな言葉でなら前を向けるのだろう。

ジンベエの言葉の力強さも重みもさることながら、麦わらのルフィのそれを聞き入れる素直さな真っ直ぐさと精神力には感嘆する。



それからルフィはレイリーさんと何やら話していたことは気づいていたけど……

まさかつい先日まで戦場真っ只中のマリンフォードに立ち戻り、『16点鐘』などという無謀極まりないことをやってくるとなんて露ほども考えなかった。


ローさんが出来る限りの手は施したとはいえ、あとは本人の生命力次第だとまで言われた大怪我だ。

絶対安静。それが鉄則の怪我が癒えぬ内に、一体全体何をやっているのだ。


「凄いよね、ルフィ」


新聞を持ってきてくれたマーガレットは至極楽しそうに、私が座るベッドの上に投げ出された新聞を開いた。


「それで、彼は喧嘩でも売りに行ったの??」
「喧嘩?」


不思議そうに首を傾げるマーガレットに、私は彼女から視線を落としてもう一度考えた。


年の終わりと始まりに、去る年に感謝し鐘を8回、新しい年を祈り鐘を8回鳴らす16点鐘は今の時期には相応しくない。


マリンフォードで白ひげが死に、一つの時代が終わりを告げた今、この鐘が意味するのは、その時代の"終わり"と"始まり"の宣言だ。


『これからの新時代はおれが作る』とでも言いにいったというのか。
兄を失った場所へわざわざ舞い戻って。


「どうだろ。『仲間に伝えたいことがある』んだって言ってたよ」
「伝えたいこと??……、……!!!」


マーガレットからもう一度新聞を借り、一面に載せられたルフィの写真を改めてよく見る。

そういえば彼は仲間との待ち合わせをしたシャボンディにすぐにでも帰りたいと言っていた。
それを止めたのがレイリーさんで、彼に何かを提案したのもレイリーさんだ。


「3D2Y……?」


黙祷を捧げる彼の姿。

その紙面を大きく飾る写真映えするポーズと、兄を失った場所にわざわざ戻る破天荒な所業に注意を奪われがちだが、よく観察すれば彼の腕にはシャボンディでは無かった入れ墨が彫られていた。

これが何を意味するのかは私にはわからない。
だけど麦わらの一味に向けた、船長である彼からのメッセージに間違いない。


そして女ヶ島に戻ってきたルフィは今、レイリーさんと共にルスカイナ島で修行を始めるそうだ。

何を仲間に伝えるのだろう。
詳しい内容はわからないけれど、『強くなる。』という決意のメッセージに他ならない気がした。


ぐしゃり。手元の新聞が、握りしめた拳に音を立てる。
私もこうしちゃいられない。


「マーガレット!お願い、今すぐに海賊女帝ボア・ハンコックさんに会わせて!!!!!」





*******



「やっぱりダメで……ぇぇぇえええ!!!!!」
「構わぬと言っておろう」


二つ返事で済んだハンコックさんとの交渉に、驚愕の叫びが皇帝の間に響いた。それに冷静で静かな声で返すのは、他でもないボア・ハンコック本人だ。


「これはおぬしじゃな?」


ニョン婆様から渡された新聞には、つい先日のマリンフォードでの戦争の結末や、その過程でいかに海兵は勇敢に悪党である海賊との熾烈な戦いを繰り広げたかと言う美談が書かれていた。


勝った方が正義とはよく言ったもので、あの場にいた人がこの記事を読んだら眉を顰めて首を傾げるだろう。


その新聞の片隅に、小さな見出しが一つあった。


『革命の火種、禁じられた舞が再現される』

ーー政府、世界貴族が御用達の超豪華客船において潜りの海賊が、革命を示唆することで世界政府より禁じられた踊りを無断で観客の前にて披露したことが判明。事実確認を急いでいる。情報筋によると、踊り子の名はショウト。政府はその危険度を見越し、彼女の賞金額を引き上げることを決定した。ーー

新聞の後ろには一枚の手配書が重ねられている。


「……黒い不吉、ショウト」


そこには黒鳥の衣装に身を包み、挑戦的な瞳で肩越しにこちらを振り向いた私の写真が載せられていた。


黒い不吉?なんだそれ。
『アグリーダック』に比べればインパクトがある異名だけど、何がどう不吉なのか釈然としない。

「『黒い不吉』とは、世界貴族の間でまことしやかに噂された、不幸を呼ぶ黒いダイヤニョことじゃ」
「不幸を呼ぶ黒いダイヤ?」


不吉の黒ダイヤ、そう言えばマリンフォードで黄猿が私をそう呼んだ気がする。


「世界政府に楯突いたお主は、さながら世界貴族たちに不幸を呼び込む黒いダイヤなニョじゃろうな」


ニョン婆様が何故そんな馬鹿げたことをやったニョじゃ!と、目を丸くして怒号を飛ばした。革命の舞が踊れることなど生涯隠し通しておれば、政府にバレることなどなかったと叱責も追加で飛んでくる。


そんな最中、そなたもハリケーンなのじゃな、とハンコックさんが1人頷いていた。あの、ハリーケーンって何のことですか?


ニョン婆様のガミガミとしたお叱りを聞き流しながら、もう一度新聞の記事に目を通した。


『黒い不吉』、もちろんそんなダイヤが実際にあったかどうかは知らない。

けれど、持ち主を選ぶと言う黒いダイヤモンドは、嘘か誠か、多くの強欲な世界貴族の不幸を呼び込んだらしい。


「ルフィの命を救っただけでなく、ルフィと同じく世界政府に楯突いたお主の望みをわらわは叶えよう」
「ありがとう!ハンコックさん!」
「ただし、命の保証はせぬ」


元より覚悟の上です。そう玉座に座る彼女を見上げれば、表情を変えない彼女の瞬きによって返答が返ってくる。

ルフィと同じだから、願いを聞き入れてくれるのか。それとは別の、胸に秘める彼女自身の信条からなのか。

どちらでも良い。
私は与えられた、この絶好の機会を逃したくない。
近道だけが早道ではないだろう。



いつかローさんに会うその日まで、私はここで「強くなる」ことを誓った。


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