小説 | ナノ


04

「ねぇ。ショウトちゃん」


煙草の甘い紫煙を燻らせながら、リュムールさんは私に声を掛ける。甘い香りと柔らかな問いかけに、私は顔を覆っていた手を静かに頬へ退けて彼女を見た。


「あなた、とても素敵だった。
あなたの踊りは、あの会場にいる全ての人を魅了したわ。強烈な魅惑を纏って……これは女としての勘なんだけど、誰かを舞台から見ていた?」


紛れもない事実を真正面から言い当てられ、否定しようもなかった。


「う……、その……」
「良いのよ、みなまで言わなくても良いわ」


素敵なことよ。そう伏せ目がちに微笑みながら言う彼女に、何もかもが見透かされている気分になる。ぐっと姿勢を正すと、首につけたゴールドのネックレスが照明を受けて揺れた。


「今日、船長さんにお願いして、あなたのことを呼んでもらったの」


深い瞬きをした後に真正面でかち合った視線は、私の奥底を見ているように深い。でも、品定めするような嫌らしさはなかった。少し眩しそうに細められた瞳は柔らかい。


「彼らが欲しい情報は他にもあったけれど、それとは別に船長さんに頼まれたのよ」
「……何をでしょうか」


聞きたい。聞きたくない。
頭の奥で警告みたいな音が響いた。


「この船自体は賞金首の貴女が下船するのに安全な場所なのか。近くに安全な島はあるのか。もし近くにないのなら、この店が信頼できる場所でしばらく置いてやって欲しいってね」




言葉が出なかった。




「船長さんの頼み通り、例えばこのお店に置くにしてもどんな子か知らないとね。だからあなたの舞台を観に行った。そして、ここに来てもらった」




ーーーお前の安全が確認できる島に責任持って下ろしてやる。


いつの日か、甲板でローさんが約束してくれた言葉が脳裏に鮮やかに浮かんだ。

守れない約束をするような人間にも見えないけど、明日を知れぬ海賊が約束なんて言葉を口にした事が、やけに印象的で心に刺さっている。だけど彼が降ろしてくれる場所ならどこだって良いと思っていたし、別れる場所にこだわりもなかった。


そんな私の気持ちとは裏腹に、ローさんは確かに約束を果たそうとしてくれていた。


愕然とする私を尻目に、リュムールさんは髪を耳にかけながら煙草を口に咥える。
そして、一杯のグラスにワインを注いでくれた。


「あなたが頼んだ、シェリー酒よ」


リュムールさんは顔を右に向けて、少し目蓋を落とした。煙草の煙を形の良い唇から細く吐き出す。甘い紫煙が鼻腔をかすめた。


「カクテルにはそれぞれ色んな意味があってね。シェリー酒の意味は」



そのお酒の意味を聞いた時、私はグラスを引っ掴んで一気に煽った。慌てるリュムールさんの声が聞こえたが、聞こえないフリをしてお酒をがぶがぶと飲み干す。
強いアルコールに喉が焼けるように熱かったが、それ以上に目蓋が熱くてたまらなかった。



「リュムールさん!これをローさんにお渡しください。どうか、どうか、お願いします」


貴族からの踊りを評価するカードを引っ掴んだ紙幣を両手に持ち、頭を下げながらリュムールさんに突き出す。


「これは、あなたが渡すべきものよ」


ハッキリと言われた言葉は至極、尤もなものだと思う。頭を持ち上げて涙がこぼれそうになるのを堪えてリュムールさんを見ると、彼女の驚いた瞳とかち合った。

お願いします、どうか。もう一度頭を上げた拍子に首元で揺れた重みを感じると、いよいよ涙が溢れ出して頬を伝う。自分にはめられた"首輪"が恥ずかしくて堪らなかった。

思わず片手で冷たいゴールドのネックレスを掴む。
掌を伝うヒヤリとした底冷えするような恐ろしい冷たさに、このまま此処にいては気づかれてはいけないことにまで、目の前の彼女に気づかれてしまいそうだと、予感のような焦燥が走った。


理にかなわない事をしている。そう、責める自分自身の気持ちをも振り切るように、ぐいとリュムールさんの手にカードとお代を押しつけて、カウンターに背を向けて駆け出す。後ろから呼び止める彼女の声が聞こえたけれど、振り向くわけにはいかなかった。





BARロセウスの重厚な扉に半ばぶつかるように力任せに開けて外へ飛び出すと、夜の冷たい空気が肺を鋭く刺して、痛い。


早くあの場所から離れたくて、力一杯走り続けた。
途中誰かと肩をぶつけたが、相手の顔を見ることもできずに謝って、また駆け出す。

謝った相手は着古した麻のような服装で、およそ貴族の格好では無い違和感を感じたが、今、立ち止まったらもうその場から動けなくなる気がした。

そんな情けない気持ちに駆り立てられる。
切り裂くようなカラカラの喉は呼吸も忘れて、零れ落ちる涙を何度も拭いながら、石畳の冷え切った夜道を行く当てもないくせに、自分自身から逃げる為だけに走り抜けた。


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