小説 | ナノ


02

浅くなった睡眠に、痛む背中を庇いながら寝返りをうつと、人の気配を感じた。

しまった。

意識を飛ばして、人の気配にも気付けなかった。
そんな無防備を晒して、万が一敵に襲われていたらと思うと、反射的にゾッと冷たいものが背中を流れた。

ここは何処だろうと、霞む目をなんとかこじ開ける。

マリンフォードで偵察をして……それから、ポーラータング号に駆け込んだ。

潜水艦で海の中に潜った直後、氷塊のつぶてと光の弾丸の強襲に合い、逃げ切るために図鑑で見たペンギンの羽をつくって……それから、それから、


だめだ。思い出せない。


けど、ここは少なくとも「大丈夫」な場所だ。
最近まで身近に感じていた薬品の匂いとベットのシーツの感触に直感を取り戻す。

肩越し見えた手当てを意味する包帯の跡が、身の安全を知らせてくれるような気がした。

しかしここは何処かと確認する前に飛び込んだ、紫の美しいドレス。
こんな服を着る人を私は知らない。

ならば、意識を飛ばしている場合じゃなかったし、早く起き上がらなければいけない。

痛みに全身の毛を逆立たせながら起き上がると、身体がミシミシと限界を伝えた。
額に浮かぶ脂汗に、髪の毛がひっついて気持ち悪い。


「だ、れ……」


警戒を強めて視界に入れた相手は、長い黒髪を靡かせた絶世の美女とも呼べる人物だった。
威嚇のつもりで吐いた言葉は、カラカラの喉にくっついて擦れて消えそうだ。


「そなたがわらわの愛しい人の命を救ったのじゃな」


響いた声は尊大で冷たさもあったが、凛とした鈴の音のようだ。美しい人は声まで美しいのかとぼうっとした頭で声を反芻させた。


「いとしいひと……?」


知らない、そんな人。
誰かを救ったなどと何かの勘違いじゃないのか。

だけどもし、勘違いだと気づかれたらこんなに弱った状態の私はどうされてしまうのだろう。

目の前にいる女性が相当な実力者だと言うことは、彼女が纏う雰囲気から言っても間違いない。


「麦わらのルフィのことじゃ」


むぎわら、麦わら、…ああ……あの、ローさんが助けていた人。

確か瀕死の状態をローさんが船での治療を引き受けていた。
あのままでは助からない命も、きっとローさんの力を持ってすれば、もしかしたら、何とかなるかもしれない。

この船の船長である彼の手腕を思い出せば、どれほど重傷であってもそこに一筋の希望をも見出せる気がした。

けれど、そのことが私に特段関係あるとは思えなかった。

麦わらのルフィに私自身が何か施した記憶なんてこれっぽっちも無い。かと言って、この人が味方がどうか判断がつかない状態で真実を伝えるべきかどうかに迷った。


「そなたの力が追手を逃れる決め手になったと、この船の者に聞いた」
「決め手……」


ビリビリとする背中の痛みが、鮮明な記憶の断片を呼び起こす。

ペンギンの翼を作り、揺れる船の推進力を高めた一手が上手くいった。

だから、彼女は『決め手』と言ったに違いない。
この船の者に聞いたというのならば、彼女はこの船に招き入れられた人物だと少なからず判断できる。


そもそも戦争が起こっていたマリンフォードに何の用件もなく女性が乗り込んで居るはずないだろう。
手配書を見たことがあったし、間違いない。

王下七武海、ボア・ハンコック。

何の因果か海賊女帝に、麦わらのルフィは好意を寄せられたのか。
だから単身、海賊船にまで乗り込んで来たというのか。随分と情熱的な方だなと、威厳を持って目の前に立つ彼女の行動力を尊敬した。

ローさんがここで死なれてはつまらないと評した男は、随分と運命を引き寄せる男なのかもしれない。


「手配書よりも、ずっと綺麗なんですね」
「御託はいらぬ。わらわはそなたに礼を言いたい」


礼を言いたい、という割には随分不遜な言い方だ。
同時に、それをも納得させてしまうほどの居住まいだとも感じた。

これはもしかして好機なのかもしれない。
意図せず、かの海賊女帝にあろうことか恩を売ることができたのだから。


「礼というのならば、叶えて頂きたいことがあります」


図々しくも持ち出した交換条件に、女帝の柳眉がぴくりと動く。
無礼者だと一蹴されてしまうかもしれない。
つまり、これは賭けに近かった。


「なんじゃ」


海賊女帝に気圧されないように、私を見下ろす彼女を背筋を伸ばして真っ直ぐに見つめ返した。

おそらく海軍に王下七武海として召集されてマリンフォードにいた彼女は、これからどんな道中を辿るのかは定かではないが自分の島に戻るだろう。

噂に聞いたことがある。
凪の帯にあるという海賊女帝が治める男子禁制の女ヶ島にある女系国家、アマゾンリリー。

その侵攻が難しい立地と君主の持つ王下七武海という力によって守られている、九蛇という戦闘民族が住まう難攻不落の城。


そこでならきっと身の安全を守りつつ治療に専念できる。
ローさんとの契約はもうお互い果たしたというのに、私がズルズルとこの船に居続けて良い理由はない。

ローさんにはたくさんの恩を返したいが、毎度怪我ばかりして医務室を占領し続けている現状は、船の迷惑であり恩を返すことからみても正反対だ。


「あなたの島での療養と滞在をさせてください」


私は船を降りなければ行けない。


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