小説 | ナノ


5.When will we learn.01

「私が気づいた時には、血を流して出入り口付近に倒れていました」


医務室のベッドで側臥位をとる羽根屋は意識を失って眠っていた。こちらに背中を向け、黒く長い髪がシーツの上に波打っている。
壁側を向いているがチラリと見える顔は青白く、貧血を起こしているのかもしれない。


何故、マリンフォードから海中へ避難をした潜水艦の内側で外傷を負って倒れたのだろうか。
船の振動で落下して怪我を負うような荷物は、この船の出入口にはなかった筈だ。


「外傷は」
「主に背中のみです」


体にかけられたシーツをまくりあげると、キャミソールの下には薄く血の滲んだ包帯が巻かれていた。
一応止血のみは処置したと、イッカクが捕捉する。


「銃弾が当たった傷に似ていると思うのですが……」
「銃?」


イッカクは医療が専門ではない。だが、戦闘に参加する彼女は羽根屋の負った傷を見てそう思ったらしい。

だが、一体どこから撃たれた。
船の内部に敵が潜入した形跡もない。仮にそうだとしたら、既に他のクルーとの戦闘になっているはずだ。

念のため体内に銃弾が残っていないかスキャンするも、羽根屋の身体に弾も破片も見当たらなかった。


「湿潤治療を行う。被覆材を持ってこい。それと、輸血の準備だ」


舞台に映える白い背中に銃痕を残したくない。
だからなるべく傷跡の残りにくい治療法を選択した。
羽根屋が舞台で踊る姿は、見るに値するものだった。

発見されるまでに失血をどれほど放置する事になったのか。羽根屋の顔は青白く、唇も薄い紫色に近い。

この船で治療していた時の名残で、彼女の自己輸血分のストックがまだあったはずだ。


何故。

怪我を負った経緯が分からない。
危険を承知でマリンフォードの偵察に行った際には、大きな怪我をした様子もなかった。

麦わら屋をこの船で確保した後、船に降り立った彼女の様子におかしな点は見当たらなかった筈だ。


横たわるベッドの隣に置かれた簡易机がふと、視線に入る。
そこには一冊のノートが置かれていた。


ノートの右下にじっとりとした色の黒いシミがついている。
以前ポーラータング号の食堂で彼女が図鑑を書き取っていた時には見なかった黒々としたそれは、明らかに血が染みた跡だ。


嫌な予感がしてそのノートを取り上げ開くと、しっかりと折り目を付けられていたのか、あるページでノートが開いた。そのページの下部には同じく血が染みている。


「………ッ」


ーー「図鑑、とっっても、面白いです。
ペンギンさんと同じ名前の鳥なんて、海を飛ぶように泳ぐんですよ」ーー


目を輝かせて、図鑑の記述を追う羽根屋が脳裏に蘇る。


使ったのだ。
能力を、海の中で。


麦わら屋の手術中も荒々しく揺れた船がほんの一瞬だけ安定を取り戻した、静けさに包まれた奇妙な瞬間があったことには気付いていた。

おそらく、あの時に彼女は能力を行使していた。

そして黄猿の能力の直撃を受けて、術者本人に大きなダメージとして返ってきた。結果、彼女はまるで背中を銃で撃ち抜かれた怪我を負うことになった。

導き出した仮定は、まるでパズルのピーズのようにカチリとハマった。


「このッ……」


大バカ野郎!


そう叫ぶ声を飲み込んだ。

全てが一筋の線としてつながったとき、言いようのない怒りもともに、悲しさが募ったからだ。

先もそうだ。
マリンフォードに単身の乗り込み、危険を顧みず戦場の状況を伝えようとした。そして今度はおれたちが追われた時、海中にも関わらず無理して能力を使い、一人倒れた。


海の中で能力者がどれほど力を奪われるのか、同じ能力者同士、痛いほどわかる。

翼を作るのも、保つのも相当な精神力と体力を要することは間違いない。そこに大きなダメージを受ければひとたまりもなかっただろう。


何故、自分を大切に出来ねェ!!


怒りともやるせなさとも取れる感情に、ギリと歯がみした。自己犠牲と言える彼女の力に助けられた事実も苛つきを助長する。


助かった。でも、そんな形で助けて欲しくなかった。
2つの感情がぐちゃぐちゃに混じり合い、鬩ぎ合う。


「船長」


皮覆材と輸血パックを持ってきたイッカクが、声をかけにくそうにドアの前に立ち尽くしていた。

そこに立つクルーの表情に、自分がどんな表情をしていたのかようやく自覚する。
己の不甲斐なさに、一度項垂れるように頭を下げてフゥと大きく息を吐く。


イッカクから差し出された医薬品をを受け取り、お互い無言で医療行為を施した。
やけに静かな部屋にぽたりぽたりと血液の滴下する音が聞こえる。普段気にしない音が気に触るのは、まだおれが苛ついているからだろうか。


「ショウトは……」


皮覆材を固定するために包帯を巻きつけていたイッカクが、ポツリと呟く。


「いつもこのベッドにいますね」


確かにそうだった。

もはや彼女がこの医務室で寝ている事に何の違和感も感じなくなってしまっている。

彼女をこの船に乗せた時からずっとだ。

ボロボロになった羽根屋をこの船に乗せたのは、結局のところ取引を持ちかけた、『保護』だ。

傷ついた鳥をちょっとした恩と興味本位から助け、利用価値の在処から取引を持ちかけた。


そして自分でも思わず口に出した「安全な島で降ろす」と約束を彼女に持ち出したのは、生と死の間で必死にもがく姿を見せつけられたからだ。

その姿に心を打たれてしまったかもしれないし、ただの気まぐれかもしれない。
患者としての情かもしれないし、それ以外かもしれない。

不器用にも懸命に生きる彼女には、どうにも目の前でこれ以上傷ついて欲しくなかった。




なのに、羽根屋はずっと医務室にいる。




「私は自分の部屋にショウトを呼んで、一晩中馬鹿みたいなお喋りしたり、この子の好きなものをたくさん教えてもらいたかった」
「………」


怪我は治っても、雷に怯えて船を降りることはできなかった。
一度別れたというのに、おれたちの力になりたいと自ら舞台に立ち、昔いたマフィアに捕まりそうになった。

今は、マリンフォードからの追撃を逃れるために力を使い、怪我を負っている。


「……私たちが巻き込んでしまったのでしょうか」


おれはその言葉に、頷くことも、否定することも、出来なかった。



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