小説 | ナノ


02

ーーロジャーの意思を継ぐ者たちがいるように、
いずれエースの意思を継ぐ者も現れる…

"血縁"を絶てどあいつらの炎が消える事はねェ…

そうやって遠い昔から脈々と受け継がれてきた………!!

そして未来…いつの日かその数百年分の"歴史"を全て背負って、この世界に戦いを挑む者が現れる………!!!!ーーー



白ひげの最後の言葉が、胸をついて離れなかった。



「ベポちゃん!ローさん!湾頭からしばらく海面が凍っています」
『ええ?!何が起こってるの?!』
『青キジの能力だろう。こっちもソナーで確認する』




瀕死の麦わらのルフィを抱えて走るジンベエの行き先を双眼鏡越しに確認する。
海上が一瞬にして凍結させられてしまい、いくつもの船が出航できずに浮かんでいた。


三大将の一人、青キジの仕業だ。
彼ほどの能力者となれば自然災害を簡単に引き起こす。

座礁せずに浮上出来たとしても、氷塊のど真ん中に船をつけて仕舞えば、身動きが取れなくなる可能性もある。


双眼鏡を海に向けて、氷の最先端とその前に広がる海との距離を測る。




マリンフォードの海軍本部である砦が崩れようとも、黒ひげが怪しげな企みをしていたとしても、私がやることは一つ。


ローさんたちに麦わらのルフィを引き渡すこと。



麦わらのルフィを抱えて、自身も怪我を負いながらひた走る海峡のジンベエの姿が痛々しくも頼もしい。

彼に麦わらのルフィを引き渡してほしいと、私が今ここで伝えるべきか。すぐさま彼を受け取り、超特急で海上を飛びポーラータング号を目指すべきか。


無意味だ。


敵が味方かわからない私に、ジンベエがすぐに応じてくれるわけもない。そこで手間取ってローさんに浮上のタイミングを伝え損ねたら、元も子もなくなってしまう。


引き渡しの交渉はローさん達が到着した後に任せ、私は氷の海と波たつ海の合間の観察を続けなければいけない。


今マリンフォードで何が起こっているかについては、ハートの海賊団の皆にカメコの映像を流し続けることで伝えられる。戦場の様子を観察しながら、ここに向かうことができている。




海へ飛び込もうとしたジンベエが海面が凍っていることに焦りを見せた時、赤犬が彼らを追って飛び出した。

宙に投げ出されていたジンベエの腹部を貫通して、麦わらのルフィもろとも赤犬が容赦ないマグマで彼らを焼く。


早く……!!

赤犬の存在に底冷えするほどの恐怖を感じ、
喉がカラカラになって、手足が痺れた。

彼に標的にされてしまえば、ひとたまりもない。


しかし、私が気にするのはそこではない。
恐怖を感じるべきなのは赤犬に対してではなく、浮上のタイミングがわからなくなってしまうことの方だ。

全神経を海の底へ集中させて、ポーラータング号の動きを掴む。

今だ。


「20秒後、浮上してください。15……10…9…8、7、6、」


5、4、3、2、1


「何だ?!海の中から……船??!」
「……!!?潜水艦!!?」
「誰の船だ!!?」


浮上してきた潜水艦の分厚いドアがすぐに開き、鬼哭を肩に預けたローさんが現れた。
その姿に頼もしさを感じてしまい、思わず気が緩みそうになる。


「麦わら屋をこっちに乗せろ!!!」


現在、麦わらのルフィとジンベエの重傷者の2人を運ぶのは、どういう成り行きなのか道化のバギーだ。

ローさんの命令にも似た言葉に、道化のバギーは小僧という言葉を使い訝しげに反応している。


「麦わら屋とはいずれ敵だが、悪運も縁。
こんな所で死なれてもつまらなねェ!!
そいつをここから逃す!!!一旦おれに預けろ!!!

おれは医者だ!!!」


大声で叫ぶような言い方ではない。
しかしその声は揺るぎない意思を持ってその場に確かに響いた。

その後ろに堂々と控えるハートの海賊団達も、誇りと信念をもってこの場に立っている。


海賊であり、医者であるローさんの元に集まった人たちだ。彼が医者として怪我人を救うと言うのなら、船長の思いに応えるまでと言外に言い放っていた。


私も彼らとここを脱出しよう。電伝虫とカメコをフライトジャケットの中にしまった。

重傷者2人を抱える道家のバギーは今一歩、引き渡しを渋る様子を見せている。

直接バギーの元へ向かい彼らを預かりながらさっさと船に戻ろう。
船の延長線上に道化のバギーを捉えて上空から距離を詰めた時、ゾッとする予感と共に反射的に身体を半身捩った。


海軍の軍艦から真っ直ぐに放たれた閃光が頬をかすめ、背後で大爆発を起こす。


「キャッ……!!」


背後で爆発が聞こえたと思った時には、背中をものすごい力で押された。

それが風圧だと気づく時には、バランスを崩して風圧に巻き込まれる。
目指していた甲板に叩きつけられる覚悟に、目を瞑り身体を縮こませた。
よもや海に落ちれば、無事では済まない。



………


身体に鈍い衝撃はあったが、想定していた痛みからは程遠い。


「………?」


恐々目を開くと、黄金色の瞳とかち合った。
その瞳に呆れと、叱咤と、安堵の複雑な色が混じり合い揺れる。

背中に回された手に一度、力が込められた。
だけどそれも一瞬で、やけに間延びした声と共に不自然な発光が背後を照らした。


一体誰の仕業かと、抱き止めてくれたローさんの腕の中から離れてその光を見上げる。


「黄猿……!」
「シャボンディじゃあ…よくも逃げてくれたねェ〜…"麦わらのルフィ"〜、"死の外科医"ロ〜…それに…、"不吉の黒ダイヤ"ショウト〜」


その声にローさんは「くそ…」と歯を噛んで光を見上げた。
不吉の黒ダイヤーー黄猿が私を呼んだ聞き慣れない呼称に疑問を抱くも、今それを解決することはできない。


絶体絶命。
首にかかる黒い羽の入った瓶を痛いほど握りしめる。

まさにその時だった。




「そこまでだァァ〜〜!!!」



恐怖に声が震えているが、必死の大声が戦場の空気を裂いた。

一体何が起きたのかと、ローさんまでもが唖然としながら、無謀な声の主を視線で探す。


「もうやめましょうよ!!!もうこれ以上戦うの!!!やめましょうよ!!!」


彼は、赤犬の前に両手を広げて、震える足を堪えながら立ち塞がっていた。


「命がも"ったいだいっ!!!!」


涙と鼻水で顔をグシャグシャにして叫ぶ姿は必死さのあまり、決して美しいものではない。

だけど、彼の叫び声は、姿は、戦場に一閃して届き渡る。

海兵の決死の言葉は、その場にいる者を間違いなく"数秒"引きつけた。




戦意のない海賊を追いかけて、今手当てすれば助かる兵士を見捨てている。

そう指摘して、目的を果たしたのにこれから倒れていく兵士がバカじゃないかと主張する彼は、対峙する赤犬への恐怖に震え涙を流していた。


勇敢とも無謀とも言える一般兵の直訴は、私の目には決してちっぽけには映らなかったじゃなかった。


「ショウト!!ボーッとしてンな!!早く船に入れ!!」


若い海兵の震える姿を、意図せず目に焼き付けていた私にシャチの叱咤が飛ぶ。

それにハッと身体を震わせ意識を取り戻す。

急げ!急いで中へ!とペンギンさんが叫び、ベポちゃんが麦わらのルフィを抱えて船内に入る。
その後に続くように急いでストレッチャーに乗せた重傷者2人を船内に運び入れた。


バタバタとした慌ただしい足音が船内に全て消えたことを見送り、私も船内に入ろうとして足を止めた。扉に背を預け、マリンフォードを見つめるローさんの前を通らないと船へは入れない。


どことない緊張感から、背負ったリュックの肩紐を両手で握った。彼の前を通って船内へ向かおうとすると、

「おい」

ちょうど彼の前を通った時に、頭上から短く声をかけられる。

声色にも含まれた尖った空気に恐る恐る視線を上げる前に、ゴチン!
頭のてっぺんをハンマーで殴られたみたいな鋭い痛みが走って、視界が縦に揺れた。


「痛ッッッ!!!」


想像しなかった強烈な痛みに、反射的な涙が溢れてローさんを見る。すると握り拳をしたローさんが怒りを宿した瞳でこちらを見下ろしていた。

先程の色んな色に揺れる瞳ではない、叱責する瞳だ。


「次はねェからな……!!」
「?!???!」


歯を食いしばりながら、私を叱りつけるローさんが何を言いたいのか分からない。
ひたすらに痛い頭頂部を、帽子の上から両手で押さえるも、頭の中はハテナでいっぱいだ。


「キャプテン!'四皇'珍しいけど早く扉閉めて!!」
「ああ…待て、何か飛んでくる」


扉を閉めないと潜水できないと、ベポちゃんが海の向こうを見つめていたローさんを急かす。


「ショウトも早く奥へ行って!!……?何やってるの??」


ベポちゃんはその勢いのまま私にも声をかけるが、半泣きで頭を押さえる私をみて、いぶかしげに顔をかしげた。
そして私とローさんを見比べた後、ああ。と、ひとつ納得して頷く。


「ショウトが悪いよ。ひとりで戦場に行くなんて無茶するから」


そして優しく私の背中をポンと叩くと、これからバタバタするから食堂に行っているように促された。


「ごめん、なさい……?」
「……チッ」


謝っているけど、何に対して謝るべきか核心をつけない私にローさんは苛立ちげに舌打ちした。

それに傷つく間も無く、ローさんはもう一度私の頭をバシンと、掌で軽く叩く。
音の割に痛くない。けれど叩かれた勢いに帽子の鍔が目元を隠してしまい、うろたえながら直すうちに、彼は私を追い抜かして手術室へ走り去ってしまった。



ローさんの背中はあっという間に見えなくなり、船内は一気にあちこち慌ただしくなる。

急速な潜水を指示する操舵室の声が飛び交い、
これから重傷者の手術を行う手術室ではガチャガチャと器具を手早く用意し始める音が聞こえだした。




ローさんは私を心配して怒ったのだろうか。
ベポちゃんの口ぶりは、そう思わせる内容だった。


誰かに本気で心配してもらえたことなんて、一体どれくらいぶりだろう。
任務失敗を責める以外で、私のために本気で怒られることなんて、とうに忘れた。


自分の命が惜しいとは思わない。

だから情報を届けることを最優先した程度の安全を確認しながら戦場へ向かったのだけど、まさかローさんがあんなに怒るほどの事だとは露も思わなかった。


嬉しい……そう感じてしまったら、また怒られてしまうだろうか。


それとも、これは驕りという名の勘違いだろうか。


命を救う医者という立場の人の前で、ともすれば自分の命を疎かにする行為をしたことを、彼の矜恃として許せなかっだけだろう。

きっと、そうだ。

だってローさんは優秀な医者なのだから。
今からだって、きっと二人の命を救ってみせる。


なんて頼もしい存在だろうと、手術をするローさんの姿に想いを馳せた時、船が一段と大きく揺れた。


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