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2.生きる意味など

火拳のエースの公開処刑をめぐる、戦争ともいえる白ひげと海軍とのぶつかり合いは、途中麦わらのルフィの予期せぬ乱入を挟み、激しさを増すばかりだ。


あってはならない命だと、そう言って処刑を断行しようとする海軍の姿はまるで、都合の良い帳尻合わせのようだ。
確かに存在していたものを、ありったけの武力と権力を用いて全て無かったものにしようとする姿は、正義とは一体何なのかと唾を吐いて考えざるを得なかった。



出生自体が罪に問われることなど、あるのだろうか。

親の罪を、生まれてくる子どもが背をわなければいけないのだろうか。





医者としての気高い矜恃を胸に抱き続けるキャプテンの姿を、俺は旗揚げ前から間近で見続けた。

自分自身、船長に命を助けられて今を生きている。

汗を滲ませながら手術を行い、自身の信念に基づき命を救う姿から、命そのものに善悪は無いと彼の横顔に学んだと思っている。

今もそうだ。



もちろん、望まれて生まれてきたとしても辛い思いをすることは、悲しい現実だが、ある。

俺も両親が死んでしまってから、親戚の家でシャチと相当酷い扱いを受けた。



そして、緊張感からなのか背筋を正し真っ直ぐな瞳で巨大なスクリーンに映る映像を見守るショウトも同じだ。



彼女の来歴で俺が知っていることは、


海軍に拾われて孤児院で育ったこと。
シスターと呼ぶ人が母親代わりだったこと。
孤児院とシスターを失い、マフィアでの過酷な環境で育ったこと。
ついさっき、貴族を始め世界政府に思いっきり喧嘩を売ってきたこと。


ーーそして、俺たちは彼女を仲間として迎え入れる心づもりは既に出来ている。と、言うことだ。




グラン・カルバナル号に到着した直後、決意新たに船を離れてしまった彼女を見た俺は正直、内心焦った。

その後もキャプテンにショウトを仲間に誘わないのか聞いたが、キャプテン自身は仲間にしても良いと思っているにも関わらず、その気持ちを彼女から言わせたい様だった。


雷の島やシャボンディではショウトの体調を何かと気遣い、
グラン・カルバナル号の酒場で見知らぬ男を連れて彼女が現れれば、そりゃあもうこちらが冷や汗をかくくらい不機嫌になるし、
舞台での彼女の踊りを楽しそうに、熱心に見入っていた。


そこまでお気に入りであったとしても、キャプテンはショウトに"おれたちと来い"とは言わなかった。


キャプテンがやろうとしていることは、わかる。

今まで不自由を課せられて自分の望みなど到底持てなかったショウトに、自分の意思で望んで欲しいのだ。


俺たちは、彼女からの言葉を待っている。



なのに、ショウトはそのたった一言を、言わない。







「キャーーーーー!!!」

シャボンディの会場から複数の悲鳴とどよめきがあがった。


「"白ひげ"が……!!!」
「刺されたァ〜〜〜〜〜!!!!」


にわかに信じられない光景を巨大なスクリーンが映し出した。
しかしそれが紛れもない事実だと、海兵の通信も巨大なスピーカーを通して中継されている。

聞こえてくるのは、白ひげ傘下の海賊団船長、"大渦蜘蛛"のスクアードが、白ひげを刺したと言う報告だ。


「担がれたな」


島民たちの喧騒からは、『白ひげが海軍に仲間を売ったのか』とどよめきが走るが、キャプテンが厳しい目で画面を見ながら呟いた。


「………?」


意味を理解することができなかったのか、ショウトの不思議そうな黒い瞳と視線があったので、キャプテンの言葉に補足して説明してやる。


「白ひげが仲間を売るわけが無いから、
火拳のエースがロジャーの息子という"事実"を利用して、海軍が嘘の情報でも流したんだろうな」
「海軍が海賊を騙したということですか。戦争に綺麗事を持ち込めない事は、分かりますけど…」


海軍の作戦としては、あまりに汚い。
そう言いたいんだろう。


「……だから海軍なんて嫌い」


続けてそう呟いたショウトの言葉には、何かを思い出して吐き捨てた嫌悪感が隠し切れていない。


『白ひげが仲間と引き換えに火拳のエースを助け出すための戦いだったのか』


真実を掴み取れない視聴者たちの戸惑いと怒りと驚愕が大きなうねりになる前に、スクリーンの映像はブツッと消えてしまった。
便宜上、戦いの激しさから通信が途絶えたということなのだろうが、海軍にとって民衆に見せたくないものがこの後に続くのだろう。


「これ以上ここにいても、仕方ねェな」


踵を返すキャプテンに他のクルーが慌てて追従する。


「キャプテン!どこにいくつもりですか?!」
「見に行く」
「現地へですか!?」


短い彼の答えに、頷く者、驚愕に顔を染める者、クルーと言えど様々だった。

そりゃあ、そうだ。
あんな天災同士がぶつかり合うような場所に、わざわざ船を近づけると言うのだから。


「でも、船長!急に氷の壁が海上にできたり、行こうにも刻一刻と海の状況も変わりますよ?!」
「戦争の内容は後ほど号外で新聞でも発表されますし…!」


今までだって危険を顧みず航海を行なってきた。
けれどスクリーンの映像で確認するだけでも、人智を超える出来事がその先で行われている事は確かだ。
クルーたちが不安な気持ちを吐露する事は何らおかしなことでは無かった。


「無理にとは言わねェが……、海軍を美化する脚色のついた情報を鵜呑みにはできないだろう」


キャプテンも無理は承知だ。
だから一応、俺たちの気持ちを聞いてくれている。

ま、もちろん俺は見に行くことに一票入れたい。
時代の奔流が変わるとも言える出来事を、誰かの偏ったフィルターを通してみるよりも、自分の目で判断したいからだ。

何より、キャプテンが見に行くと判断したなら、それを何よりも尊重したい。


キャプテンたちとは少し離れたところでその様子を伺う俺の袖が、くいくいと軽く引っ張られた。
引かれた袖を見れば、ショウトが真剣な顔をしてキャプテンや困惑するクルー達を見つめている。


「ペンギンさん。私、多分皆さんの不安を少しでも解消できそうな気がします。先に行きますので、そうお伝え下さい」


真っ直ぐに見つめられてそう告げると、俺は言葉を飲み込んでしまう。
彼女の黒い瞳はこういう時に、有無を言わさない力強さが宿っていて、酷い強引ささえ感じた。


言葉に詰まった俺を他所に、ショウトは船に向かって走り出し、音もなく飛びだってしまう。
小さくなる後ろ姿を見てようやく、俺はなんだかとんでもない失敗をしたのではないかと今更ながら後悔した。


とにかく船に戻り、行けるところまで行く。
早急に話がまとまった頃、


「おい、羽根屋。お前はどうする……、…?」


ショウトが付いてくるかの意思を確認しようとキャプテンがこちらを振り返るも、そこに居るのは俺だけ。

表情の変わりにくいキャプテンが僅かにきょとんとしたので、俺は言いにくい言葉を選んで簡潔に伝える。


「自分に出来ることがあると、船に戻りました」


何をしようとしているのか、誰もわからないから困ったものだ。俺も困っている。


「……まァいい。船を出すぞ、ベポ!!」
「アイアイ!キャプテン!」


ついて来いジャンバールと、歩き出したキャプテンの後ろについて歩く。
振り払いきることができない、胸騒ぎを感じながら。






*******



船に戻ると、甲板に俺たちの帰りを待ち受けていたコックが慌てた様子でキャプテンに駆け寄り、両手に持っていた電伝虫を差し出した。


「ショウトが帰るなり、荷物を引っ掴んでどこかへ出て行ってしまいました!キャプテンにこれを渡して食堂にくるようにと」
「……?」


先に戻ったはずのショウトは船にはいなかった。
正確には、一度戻って、どこかへ行った。


胸のざわつきがいよいよ形を成してくる予感がした。

船に戻った船員たちでぞろぞろと食堂に向かうと、一番最初に目に入ったのは、机が並ぶ奥の壁面に貼られた、大きく広げられた白い頒布だ。

その白い画面に向かう形で卓上に置かれた映像電伝虫を目に入れた時、キャプテンが青筋を立てた。


「あの、バカ女ッ……!!!」


歯を食いしばっても怒りを押し殺せないキャプテンの怒気に、俺は頭を抱えた。

間違いなく彼女は単身マリージョア上空へ向かってしまった。スクリーンを通して海上の安全を確かめるために。

目の前に揃えられた状況証拠がそれを物語っていた。
予感していた心配が的中してしまったことに胃が痛くなりそうだ。



ショウト、お願いだからあんまりキャプテンに心配をかけないでくれ。

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