02
「ベポの奴、遅くねぇ?」
立ち寄った島での買い出しがあらかた終わり日も沈みかけてきたころ、荷物を抱えながらシャチが心配を含んだ声色で隣を歩くペンギンに話しかけた。
「先に船に戻ったのかも知れないな」
同じく大量の荷物を抱えているペンギンが時計を気にしながらこたえる。
久しぶりに立ち寄った島は、あまり栄えている島では無かったが、珍しい薬草が採取できる島として有名だった。
さっそくベポとシャチとペンギンは、上陸後すぐに薬屋を目指したが、あいにく薬草を採取できる職人が怪我をしてしまいしばらく薬の品切れ状態が続いているらしい。
それを聞いたベポは自らが薬草を採ってくると意気込み、2人が引き止める間も無く森へと駆けていってしまったのだ。
「まあ、俺らが泊まれる宿もないくらい小さい島だから迷子になるようなこともないしなー」
ベポももう昔の様な頼りないガキじゃないし何も心配することはないだろうと思い直したシャチは、よっ、と言いながら荷物を抱えなおし海岸へ寄せてある自分たちの海賊船へと歩みを進めた。
*******
「えーーー?!まだ戻ってないんですか?!」
「お前ら一緒に上陸したんじゃねェのか」
日もすっかり暮れた頃、船に戻った2人がベポの帰船をこの船の船長に確認したところ、まだ戻っていないという。
「それが、この島で採れる薬草を採りに行くって、
昼から森へ行ったきり戻ってこないんですよ」
てっきり船の方に戻ったのかと、とペンギンが説明する隣で、シャチは未だ戻らないクルーに先程の心配がつのってきたのかアタフタと焦りを隠せないでいる。
「この島のログは明日の夕方には貯まる予定ですが…何か面倒なことに巻き込まれたとすると今から探した方が良いかもしれませんね」
そう提案してくるペンギンとシャチを連れて甲板へ向かうと、
「ベポちゃん、この船であってるの?」
ベポと見知らぬ女が甲板へフワリと降り立つところに丁度出くわした。
鍔のついたフライトキャップをかぶった上にゴーグルをつけ、アビエイタージャケットを着た黒い髪の女がベポに視線を送る。
なによりも今、翼のようなものが2人に見えたところから何かしらの悪魔の実の能力者であることがすぐにわかった。
「ありがとう、ショウト!この船であってる……あ!キャプテン!」
「……あぶない!」
女と親しげに話している途中で、ベポがこの船の船長の姿に気づき駆け寄ろうとする。しかし、女が声をかけた瞬間にはバランスを崩し途中で躓き、転んでしまった。
転んだベポに視線を落とすと数カ所包帯が巻かれている。どうやら怪我をしている様だ。
大方この女に手当てをされてここまで運んで来られたのだろう。随分と殊勝な人間もいるもんだと半ば呆れた気持ちでその姿を見やる。
愛らしい白熊であろうとベポは立派な海賊だし、ましてこの船が海賊船だと分かっていて乗り込んできたのなら余程の実力の持ち主か、考えなしかのどちらかだ。
「ベポ…!お前どこ行ってたんだよ…!!」
シャチがベポに駆け寄り、肩を掴んで叱りつけ、
心配かけやがって、怪我までして!と今度は泣きながら抱きついている。
シャチの元へ女が歩み寄り、ベポの左足首に巻かれた包帯に優しく手を添えた。
「あの…この船の方ですよね?
この子足をくじいちゃっているみたいだから、
何か杖みたいなのを用意してあげてください」
「そうなのか…ベポ、すぐに用意してやるからな!あんたもここまでベポを連れてきてくれてありがとう!」
シャチは女にそう言い残すと、バタバタと船内に向かっていった。おそらく医療用の杖を取りに行ったのだろう。
「世話になって悪いな」
ペンギンが女に歩み寄り、礼を言うと
女はかぶりを振りながら礼には及ばないと微笑み返す。
その笑みがこの船には似つかわしくないほど慈愛に満ちていて、やけに浮いて見えた。
「それより、ベポちゃんを怒らないでやって下さいね。なんでも、"キャプテンやクルーのみんなの為に絶対薬草を採るんだ"って頑張ったみたいですから」
「でも、ごめん…全然薬草採れなかったんだ…」
ほんの少しの薬草を握りしめ、視線を落としながらしょんぼりと肩を落としているベポの姿を見た女が、やれしょうがないとかよく頑張ったとか精一杯の言葉を並べてベポを慰め始める。
海賊船に突然降り立った上に、海賊に対するその警戒心のないやり取りに無意識に嘆息した。
「お前…この船が海賊船だとわかっているのか」
随分と親切じゃねェか。と言外に含んでジロリと見やれば、海賊船だと指摘した時にはなんとも反応しなかった女がこちらを視線を動かした瞬間、ギクリと身を固くした。
前へ出た俺の顔を見た反応から、どうやら手配書に覚えがあるらしい。
その反応にどうやら考えなしの方だったらしいと確信する。
とんでもない船の子を助けてしまった…と小さく呟いた声が聞こえてくる。その声に、気づくのが遅い。お人好しも大概なもんだ。と、こちらは心底呆れ果てる。
当の本人に特段の興味はないにしても2億ベリーの懸賞金をかけられて、世間からは死の外科医と呼ばれる海賊の船へ何も考えずに乗り込むこと…それが何を意味するかくらいどんな命知らずでも分かることだろう。
半ば揶揄ってやるつもりで、じり…と女と距離を詰めるようにすると、女に強い緊張が走ることを感じる。
さらにもう一歩距離を近づけようとしたところで、
ヒュッと息を飲む音が聞こえた。
その音と同じくして、女は茶褐色の翼を背中に生やし高く上空へ舞い上がってしまっていた。
その姿を追いかけて上空を帽子の鍔の内側からニヤリと見やると、今更警戒心を露わにした女が上空で翼を羽ばたかせる。
飛行能力のある悪魔の実とは珍しいと思いながら女を見上げていると、女もこちらの様子を見ていたが、一瞬逡巡した後
「ベポちゃん!おだいじに!」
凡そ海賊に向けるべきではない気遣いの言葉を一つ残して、すっかり暗くなった森の方向へ急いで飛んで行ってしまった。
最後の最後までお人好しの余韻を残していく女だ。
女が飛び去っていった方向をなんとなく見ていたが、隣に来たペンギンが揶揄するようにこちらへ視線を送ってくる。
「キャプテンが脅かすから、逃げちゃったじゃないですか」
せっかくベポを送り届けてくれたのに大したお礼もできなかったではないか。と言う小言が聞こえてくるが、こっちとしてはあのお人好し女の頭に足りていない用心というものを教えてやったつもりだ。
何も咎められる謂れはないと、もうこの話は終わりにするという意思を込めてペンギンを無視し、船室へと踵を返す。
「ベポ、後で部屋に来い。傷の具合を診てやる」
船室へ続く扉を通ると、タイミング良くちょうど杖を持ってきたシャチと入れ替わりになった。
えー?!あの子帰っちゃったのかよ!?とシャチの声が背中の方から聞こえたが歩み始めた足が止まることはなかった。
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