小説 | ナノ


03

素っ頓狂な私の叫びが店内に響いた隣では、ローさんがこめかみを軽く押さえていた。


「やーだー!ノーブルから聞いてなかったの?"この船で1番の情報通の男"の話」


クスクスとひとしきり面白そうに笑った後に、マダム・リュムールはにこやかな笑顔で尋ねてきた。急にフランクになった話し方に親近感を感じるが、事態の急展開に些かついて行けない。


「ローさん達を探す為にノーブルさんが、"船で一番の情報通"の方にお電話を掛けていたのは知っていたのですが……」


そう言えば少し特徴的な男で話も長くなるからと席を外すように言われていた。『少し特徴的な男』って言ったって、まさかこんなに綺麗な女性の格好をした男の人だとは思いもしなかった。


「……だけど、あの……、未だに信じられないです」


目の前に頬杖をつくマダム・リュムールを何度見ても、彼女が男性だとは俄かに信じられない。

確かに中性的な美しさはあれど、所作やその姿のどこにも野暮ったさは見られない。逆にどうやったら彼女が男性だと分かるのか私には不思議なくらいだった。

だって声が少しハスキーで、手の骨格が少し大きいくらいしか特徴を見つけられない。くびれを匂わせながらも上手く体型を隠した長めのストールに、艶やかな髪や整えられた指先、派手にならない化粧はどれをとっても洗練されている。むしろ化粧の仕方を教えてほしい。


そして、はたと気づく。
リュムールさんは美しいし、私自身に性差に差別的な感情もない。

先程は女性だと思い込んでいた人物がまさか男性である事に、失礼にも声を上げて驚いてしまったが、もしかしてローさんは女性と言う枠を飛び越えて、リュムールさんを気に入って一緒にいるのだろうか。

本質を見抜く聡明なローさんは性別よりも人柄で人を判断するだろう。ローさんが誰を隣に置こうが、それは素晴らしい人物に間違いはない。そこに性別を持ち出して一瞬でも安心した私は何て狭量なんだろう。やはり私とローさんとリュムールさんの間に入る隙などないのだ。それを声を立てて驚くとは、なんて失礼なことを。


「大きな声を出してごめんなさい。あの、私、そう言うの偏見ないので……」
「それ以上言ったら、バラすぞてめェ」


ところが、しどろもどろに謝罪しようとする私の言葉は、青筋を立てて鋭く睨みを効かせたローさんにぴしゃりと遮られてしまった。

今までにない強い口調に、反射的にピタリと動きが止まる。青ざめた顔で硬直した私を見たローさんは肩を下げ、大きなため息を深く、長く、吐く。こんなに長いため息を吐くローさんも初めて見た。

その反応を見て、ようやく何かボタンを掛け違った様な、噛み合わない違和感が思考を取り巻いて離れなくなる。


「本当に良い子ね、ショウトちゃん。
先にあなたに会っていたら、情報料もタダにしちゃってたかもしれないわ」


未だにくすくすと口元に手を当てながらリュムールさんは上機嫌に笑う。はー、可愛い。笑い過ぎたのか軽く涙の滲んだ目元を自分の指先で拭い、息を吐き出しながらそう言った。そして小さな子どもをあやす時の様に優しく瞳を細めて私を覗き込む。


「船長さんはここに、情報を買いに来たのよ。
それがあまりにも良い男だったものだから、私も含めてとても店の子たちが気に入っちゃってね。一昨日から離さないのよ。それを情報料がわりにしてもらってるんだけどね」


ドッと奥からリュムールさんとは違ったハスキーな笑い声が立った。そちらに目を向けると、ハートの海賊団の数人の姿と一緒に、よく見れば肩幅が少し広い女性の人たちが並んで笑っている。

あの人たちなら私にも遠目でもわかる。
女装している人達だ。

先ほどの居たたまれなさが無くなった今、サア……と目の前の緞帳が開くかの如く、視界がひらけた気がした。今まで気づかなかったが、ここで働く女性たちはどうやら心は女でありながら、性別は男性のようだ。


「毎晩付き合わされるこっちの身にもなれ……」
「情報は確かなものを適切に渡しているわ。それに飲食代だって貰っていない。貴方たちの船にとってもメリットも多いはずよ」


疲れを滲ませながらジトリとした視線でローさんはリュムールさんを睨むが、彼女は上品に笑ってそれをあしらった。


「ローさんはここに情報収集の為に…?」
「そうだ」


何の情報か、は聞けない。
船を降りた私と彼らが、もうそこまで突っ込んだ話ができるような関係だとは思えなかった。


それよりも……
恥ずかしすぎて思わず頭を抱えた。

事態の全容が明らかになった途端、自分の壮大な勘違いが判明した。カーッと火照り出した頬に両手を当てて思わず身を縮こめる。あの焦がれるほどの嫉妬を私は一体どこに向けていたと言うのか。穴があったら入りたいとはこの事かもしれない。



先日の朝、公園でシャチとした会話が蘇る。


ーー「昨晩は最高だったわ!あの大物ルーキー、トラファルガー・ローと一晩過ごせたんですもの」

大きな声でローさんと一夜を過ごしたと話す声を聞いてしまった私は、お門違いな嫉妬心からシャチにローさんに女付き合いを見直すことを提案した。

ーー「そりゃ聞いてたお前も気分を悪くしたかもな。でも仕方ないっていうか……」

シャチは困ったように仕方ない事なのだと言っていたが、情報収集の対価として"一晩酒を共に飲む"という事だったのだろう。そう言えば、興奮して話していた声は、確かに女性に比べれば幾分か、いや、今にして思えばだいぶ低かった。

何と勘違いをしたんだ、私は。
何に嫉妬したんだ、私は!


あの胸を締め付ける寂しさも、あの泣きたくなる程の悔しさも、あの焼ける様な切なさも、何もかも、勘違いが発端だったという事だ。


彼に想いを吐露したわけではない。
だけれど、踊りを通して伝わるものはあったろう。
だからご褒美にキスをくれたのだ。

だけど嫉妬に狂った哀れな私を思ってくれたご褒美ならそれは、踊りに対する褒美ではなく慰めだ。
あんなに嫉妬に駆られた踊りを見せてしまった事を後悔もしたし、そこまで思考が到ればもはや、ローさんを見る事が出来なかった。


なんで!恥ずかしくてどうしようもない!
やだやだやだ。リュムールさんやお店の人に勘違いをして、あんな激情に駆られたと言うのか。

嫉妬しなければ気づかなかった、ローさんに私を見て欲しいという図々しい思い。気づかないままに彼とお別れをしていたら、それでよかった。

今更なんと言い訳しようもない。
だって言葉では何も伝えてないにも関わらず、私はありありと情熱に任せた踊りで態度に出してしまっていた。言葉で伝えることが出来ないからと、自分の思いをぶつけてしまったのだ。
むしろ、せめて何か嫉妬の言葉でも言っていたら訂正も出来たのかもしれない。

一体なんて言葉で言い訳できるというのか!


「羽根屋……?」


顔を覆った私を不審に思ったのかローさんが覗き込んだ気配が伝わるけれど、今、顔を上げる勇気もない。そんな勇気もないくせに、良くあんな踊りを踊ったもんだ。逆に自分に感心してしまうところだ。

そうこうしていると「キャプテーン!助けてぇ」と、シャチの情け無い声と、低くて野太い、あら、やだぁ!という笑い声が投げかけられた。

そのSOSを聞いたローさんは、はあ……と溜息をついて私の頭を優しく撫でた後、カウンターを離れて彼らのもとへ向かった。

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