小説 | ナノ


02

演目も中盤までさしかかった。
そろそろ羽根屋の出番も近いだろう。
ドレスコードに従って着たスーツで足を組み、肘掛に頬杖をつきながら注意深く舞台を見下ろす。



不意に隣から甘めの煙草の匂いが漂い、それが鼻についた。匂いの元を辿ると隣に座る人物と目が合い、微笑みを返される。

青味がかった紫の髪を首元で切り揃え、大ぶりのピアスを揺らし、その上、やけに身体を近づけてくるコイツをここに連れてくるつもりは無かったが、成り行き上致し方なく連れてきた。
こっちにも都合がある。


隣に座る人物は演目の内容にも詳しいらしい。
舞台開演前にペンギンやシャチ、おれも物語のあらすじを聞いたが、ベポの「それで、ショウトはいつ、どういう役で出るの?」という直球の質問が全員の総意を得ていた。


どんなに素晴らしい内容だったとしても、まず興味があるのはその一点に限る。



「マダム・リュムール。そろそろショウトの出番?」


ベポが小声で、おれの隣に声をかける。
リュムールと呼ばれた隣の人物は、後ろに座るベポたちを微かに振り向き、ゴールドのピアスを縦に揺らした。
その動作をみたシャチとペンギンも、背後で軽く身を乗り出す。


王宮のシーンなのか、舞台の上では様々な民族衣装を着たダンサーたちが一糸乱れず踊りを披露する。
リュムールが言うには、これは祝宴であり、王子が結婚相手を選ぶ舞踏会なのだそうだ。


酒場で羽根屋の肩を抱き込み俺に挑戦的な視線を投げつけてきたあの男は、シャチの情報によると、この劇場の人気ダンサー兼支配人らしい。


キザったらしい、いけすかない野郎だがダンスの実力はその肩書きに違わず折り紙つきだと分かる。
この劇場にも奴を観に来るファンは数多いそうだ。


羽根屋の出番はまだかと焦ったさに嘆息し、足を組み替える頃、ステージ上の人だかりが中央に集まり、突然トランペットによるファンファーレがステージに鳴り響いた。



「…来るわよ」


リュムールが小さく呟く声が耳に響いた瞬間、

華やかな雰囲気だった舞台の照明が急に落ち、
暗く青白い明かりになったと思えば、
衝撃を伝える音楽に曲調が急に変化した。



人垣の中から突如現れた悪魔役がマントを翻す。

するとマントの後ろから、
黒い衣装を身に纏い、白い肌が妖艶に際立つ"黒鳥"がステージ中央に突如現れた。




ショウトと目があった。



まさか舞台からこの暗い客席を見渡せる筈が無い、錯覚だと思うも、彼女は僅かながら見聞色の覇気が使える。


それにしても、あの瞳の奥で笑うような挑発的な笑みを浮かべたのは俺の知っている羽根屋なのか。


青白い舞台の色合いの中に、彼女の白い肌と冷たさと情熱を秘めた眼差しがやけに目立った。


かち合った視線はすぐに外れ、
彼女は会場を目線のみで冷ややかに見渡した後、舞台をフワリと飛んだ。
まるで舞台上だけでなく、会場全体が羽根屋の魔法にかけられた錯覚まで起こしてくる。



羽根屋が舞台の真ん中に立つと照明が明るくなり王宮の雰囲気が返ってくる。

しかし、そこに彼女が立っているだけで会場全体の雰囲気はガラリと違ったものになっていた。



金の刺繍が施された黒い衣装に身を包み、照明を受けて眩く光輝く髪飾りや装飾。
美しくも眼の奥に怪しげな光を灯しす妖艶な笑み。

そこにいやらしさは全くなく、彼女が手をあげて頬の横につけ、少し視線を落とすだけで気品と気高さを感じさせた。

その一挙手に釘付けになる。


羽根屋の姿に息を飲ませられるのは一体何度目だと、自分でも呆れるが、毎度違う一面を見せてくる彼女の意外性には息を巻く。


もう一度会場を一瞥した後、彼女は悪魔役にチラリと目配せをした。王子に挨拶をする為に片足を後ろに引いて姿勢を落とすが、目線は下げずに相手の男を見つめて離さない。


まるで自分の事を見つめる事しか許さない様な、
どうやって目の前の男を落とそうか探っているかの様な、挑戦的で蠱惑的な視線と仕草。


ゾクリと戦慄が走り、目眩がするほどの高貴な色香に包まれる。



王子役の手を取り上体を前に倒して、ほとんど垂直に高く、高く足を上げる。
彼女の黒に映える肌の白さや手足の美しさがスラリと強調された。


自分の手足を伸ばし、大きな動きで王子役を誘う。
それなのに夢中になった彼から伸ばされた手には触れさせない。

かと思えば彼女から王子役に近寄り、共に踊る。
後ろに伸ばした足で彼を搦めとる様な仕草をする。




貴方は私を手に入れたいと思うでしょう

だけど、簡単にはあげないわ


どんどん私に夢中になって



まるでそう聞こえてくるような気がした。
それ程彼女の踊りは鮮やかで、誘惑的で不敵だった。


いつもニコニコと笑う、明るい笑顔の朗らかさも、あの月の下で踊った瀕死の白鳥の儚さも、微塵も感じさせない、自信に満ちて怪しげな雰囲気は人の目を引きつけて離さない。


悪魔の娘とは良く言ったものだ。
まるで彼女の見えない力に翻弄されているような気分にさえなってくる。




彼女がこちらを振り返った時、バチリと頭の隅で何かが弾ける音がした。



今度こそ視線が合ったと確信した直感に、不意に心臓が打たれ、身体が熱くなる。


「……、っ」


羽根屋が肩越しに少し細めた視線を寄越し、口角を上げて薄く笑う。


まるで、"良く、見ていて"と言っているかのような。



いつも遠慮がちなお前が、おれにそんなことを伝えてきたことに、意図せず口角が上がる。


どんなに足を高く上げても崩れる事のない軸、
しなやかに伸びる手足、美しく決まるポーズ、
妖艶で情熱的とも言える華やかさ、


会場から、いくつものため息の漏れ出る音が聞こえた。



ついに王子からの愛の証を手に入れ、勝ち誇った笑みを浮かべながら歓喜の踊りが始まる。


足を鞭のようにしならせその場で何度も回転する超絶技巧に、踊りの途中だと言うのに会場からは拍手が沸き起こった。



音楽が終わり、羽根屋が足をついてポーズを取った時、


「Brava!!」


一際大きな声が客席から放たれた。
それは女性に対して送る賞賛の言葉だ。


「まあ!凄いじゃない彼女。今の、今回の評価を下す貴族よ。明日の新聞は彼女の話題で持ちきりかもしれない」


リュムールが舞台向かって拍手を送りながら、口元に笑みを浮かべている。
彼女の踊りが正当かつ高く評価されるだろうと言う予測が誇らしくもあり、安心に胸を撫で下ろしもした。
芸術とは見るものの嗜好により左右される点があることに多少の危惧もあったからだ。

ーーまァ、あれ程人の心を打つモノを見せられて安易な評価をしようものなら、おれたちがそれを正すまでだが。



惜しみない拍手を浴びながら、羽根屋とノーブルが客席に向かって挨拶をし、舞台から捌けていく。


「…あんな踊りをされたら、当てられるわね」

頬に手を添えながらほぅと溜息をついて隣に座るリュムールが夢見がちに呟いた。
その言葉を捉えながらおれは黙って席を立ち、その場を後にする。



まだ舞台の途中だがシャチもペンギンも、ベポも、その余韻からステージを見惚れるばかりでこちらを咎めることもしない。
リュムールもこちらを振り返る事なく惜しみない拍手を送り続けている。


重厚で重みを感じる扉を開ける頃になっても、割れんばかりの拍手はいつまでも鳴り止まなかった。




参考 白鳥の湖より 黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ

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