小説 | ナノ


02

場所を変えよう、とノーブルさんに言われて先程ハートちゃんと訪れた、立派なオペラハウスの中へ案内された。

「ここは…」
「バル・マスケ。この船で1番古く、由緒ある劇場だよ」


バロック様式の建物のエントランスは吹き抜けになっていて、大広間から続く大階段は大理石で出来ている。
階段を少し上がると踊り場があり、そこから左右対象に階段は分かれていた。壁面には荘厳な彫刻が施されたランプが厳かに灯りを燈す。

まるで何処かの宮殿の入り口だ。
その階段の雰囲気だけでもあまりの豪華さに圧倒されてしまった。


想像以上の絢爛豪華さに尻込みする私とは対照的に、ノーブルさんは慣れた手つきで階段から続くホールへの扉を開けた。


「さ、入って」
「わぁ…!」


そこは赤と金で色合いを統一した、馬蹄型の観客席になっていた。
ベルベットの重厚な座席がズラリと並んでいる。

正面にある緞帳は表面にタッセルと組みひもなどが絡み、しわがよったカーテンの絵が直接描き込まれていた。
舞台のすぐ下にはオーケストラピットがあり、生の演奏を聴きながら舞台を楽しめる作りになっている。


何より目を引くのが天井にある大きなシャンデリアだ。
高い天井に吊り下げられた巨大なシャンデリアは細かな装飾をふんだんに施され、キラキラと手のひらの上にこぼれ落ちてくるほどの輝きを放っている。


「他にもっと大きな劇場はあるんだ。でもクオリティで負けたことはない、この船でも人気の劇場だよ」

素晴らしいと思う感想を言葉に出したいのに、感動に圧倒されてしまって言葉が出ない。
そんな私の様子をにこやかに見守ったノーブルさんは、劇場の観客席に座った。


「さて、ここでならゆっくり説明できる」


私も彼の隣の席に腰を下ろして、正面に舞台を見据える。
質の良い椅子の座面は程よく沈み、座り心地も見た目通り快適だ。


「先程見たように、海賊船はこの船から降りるときに高額なお金を支払わなければいけない」


確認するようにノーブルさんが言った内容は、今し方船着場で見て来た通りだ。
彼に向き合い小さく頷くと、ノーブルさんも頷き返して正面の舞台を見つめた。


「払わなくていい方法…
それはこの船で、どんな方法でも良い。芸術性に依って貴族たちから評価を受ければいいんだ」
「貴族たちから、評価を受ける……ですか?」


私の鸚鵡返しをノーブルさんは頷いて肯定する。
どうやらこの船も、この劇場も、何もかも全てが、貴族たちへ誂えられたものと言うことらしい。


「そう。この船は結局、貴族たちの社交の場。皆ここではそれぞれに芸術を楽しみながら、同時に刺激を求めている」


座りながら舞台に向かって片手を広げて伸ばしながらノーブルさんは続ける。


「いつも見ているキャストではない、あるいはいつも観ているものではない"何か"。
新しい一陣の風が通り過ぎることを皆楽しみにしているんだ」
「それを、まさか海賊に求めているんですか?」


そのまさかさ。と、彼は碧眼を軽く伏せて、細く息をはいて肯定した。

野蛮と言われる海賊に、貴族が普段楽しむものとは違う何か芸術的な余興を提示させる。
それは貴族から言えば、自分たちの感性の枠を超えた、まさに何が起こるか分からないスリリングな遊びの一つなのだと彼は説明する。


海賊の血で血を流すような余興に興奮する貴族もいれば、海を生きる彼らの中で育まれてきた自由奔放な文化に興味を持つ貴族もいるかもしれない。

どれも貴族である者たちからしてみれば、生活圏の外で出来事で、好奇心の対象になり得るのかもしれない。

貴族の考えることはイマイチよくわからないと、釈然としない気持ちで金の装飾が施された手摺を見下ろした。



「貴族の代表が1人選出されて成される評価は五段階に分かれていて、星一つにつき2000万ベリー免除される」
「星を5つ取れば、下船の支払いは無いということですね」

理解が早くて助かるよ、とノーブルさんはにっこりと此方を見て微笑んだ。


芸術で貴族たちに認められれば、この船を降りる時の厄介なやりとりは無くなるという訳だ。
問題はどうやってその星を獲得するか。顎に手を当てて思案する。


「ところで、何故私にそんなに親切に色々教えて下さるんですか?」


先程からずっと気になっていた。

私のことを海賊だと言うのなら、仮にも女性であろうと粗野な印象を持つはず。
こんな風に育ちの良さそうな人は普通、近づいてきたりしないはずだ。


「僕の初恋の人に、佇まいが似ていたから。と言ったら信じてくれる?」
「今時、ナンパだってもっとまともな事を言いますよ」

小首を傾げて金色の髪をサラリと揺らしながら、碧眼を細めて彼は私に問いかけてきた。
あり得ないとジトっとした目つきで彼を一蹴すると、ノーブルさんは口元に手をやっておかしそうに笑う。


「航海中の船を招待する為にこの船が解き放っているノースバードと一緒に、明らかにダンサーの女性がいたから。同業者として思わず声をかけたくなったのさ」

ハートちゃんがポーラータング号に降り立ったのは、船をこのグラン・カルバナル号に呼び寄せる為だったのかと驚くと同時に、後半に放たれた彼の言葉にも驚いた。


「君、今まで人より目立ったり目を付けられたりすること多かったんじゃないかい?」
「え、ええ……まあ、」

島に降りればアグリーダックだと目をつけられ、襲い掛かられることは確かに多かった。
だからこそ、今までずっと人混みから離れた森や街を転々としながら逃げ続けてきたのだ。


「君の歩き方が特徴的だからだよ。
背筋を伸ばして、腰から大股で歩く君の美しい歩き方は、往来を歩いていても人目をひく」

指をパチンと鳴らし、私を指差しながらノーブルさんはウィンクして説明を続けた。

「でも、この街では珍しくない歩き方だ。舞踊を嗜む者の典型的な歩き方だから」


だけど、この船を降りた後のことも考えるなら少しずつ矯正した方が君の為かもね。とも、付け加えられる。


歩き方が人目を引いていたなんて、気づきもしなかった。

前にベポちゃんに私が歩くと花が咲くみたいだと言われたことがあったけれど、特に気にも留めていなかった。


「貴方は…一体」
「僕はこの劇場のエトワールで、オーナーさ」

にこやかな笑みを浮かべた彼は、私に向かって掌を向けてきた。

「力を、貸して、頂けるんですか…?」

彼から伸ばされた手に、私の掌を重ねる。


「最初から、そのつもりだよ」

もちろん、とノーブルさんは微笑みを絶やさず私の手を取って立ち上がった。

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