小説 | ナノ


2.私どもに、お任せあれ 01

ハートの海賊団のクルー皆にお礼を伝え、涙、涙のお別れをしたのはつい2、3時間前。
本当はこの船を降りる前に、今までのお礼をしっかりと伝えて、後腐れなく別れを告げるつもりだったのに。

涙ぐむベポちゃんやシャチ、コックさんを見たら堪えていた涙が溢れ出て、我慢できなくなってしまった。思わずコックさんとシャチに抱きついて、ベポちゃんに抱きすくめられながら4人でワンワン泣いてさよならをした。

イッカクが達者でね。と、ハグをしてくれて漸く涙が落ち着いてきた頃に、ペンギンさんと固く握手する。


ローさんに向かってお礼と共に深々と一礼すると、何も言わずに頭をポンポンと叩かれて、何だかまた泣きそうになってしまった。

いつだってこの仕草に慰められ、励まされてきた。
こみ上げる思いをぐっと飲み込み見上げたローさんの視線は細められていて、いつもより優しい色を滲ませていた気がする。



そして、名残惜しさを振り切り、船を降りた。






「ハートちゃん、付いて来ちゃっていいの?」
「ジョ〜!」

隣をひょこひょこと歩くノースバードと共に、グラン・カルナバル号の中をぶらぶらする。

其処彼処に様々な歌劇場やコンサートホールが立ち並び、見るもの全てが見目鮮やかだ。
あっちこっちで歌や音楽、ダンスのパフォーマンスをする人々が賑やかにも美しく楽しませてくれる。

さらに往来を歩く人たちも小綺麗な格好の人達ばかりで、貴族が圧倒的に多いことがその雰囲気から分かった。


グラン・カルナバル……大きなカーニバルを指すここは、芸術を愛する船だ。直感的に理解した。



この船への上船は、一種、異様だった。


グラン・カルナバル号に近づくと、船着場にいた船の住人に海賊船は裏手の船着場に回るように指示された。
船着場では一船ずつ、聳え立つ壁に囲まれたグラン・カルナバル号備え付けの船渠に入港させられる。
船が入港した空間に海水を送り込むことで水位を上げ、船自体を上昇させた先にグラン・カルナバル号の入り口があった。


海水で持ち上げられた船は、グラン・カルナバル号の大きな壁に、左右と後方の三方を囲まれている。恐らく許可なしにこの巨大な船から出ることは叶わないだろう。

貴族が多く乗船するこの船に、海賊が乗り込むのだから警備の一種として捉えればおかしくはないかも知れない。



ただ、物珍しさの他に私が感じたのは、船を人質に取られた様な気持ち悪さだった。






そんな事をぼんやりと考えながら歩いていると、ハートちゃんが足をツンツンと軽く啄いて来た。

「ん?こっちに行くの?」

ハートちゃんが着いて来いと言わんばかりに飛んで行く後ろ姿を追いかけて歩いて行くと、一際大きく豪華なオペラハウスの目の前に立っていた。


「わー…」
「ジョ〜」

凄いとか、豪華とか、月並みな言葉でしかそのオペラハウスを表現する事が出来無くて、感嘆の声のみが口をついた。
ハートちゃんも合わせて鳴いているのがなんだかおかしい。貴女も感動しているの?と問いかけていたその時、


「君、さっき入港してきた海賊団のクルーかい?」


後ろから急に声を掛けられて、驚き振り返る。

勢い良く振り返ってしまったせいで、ハートちゃんを驚かせてしまったらしく、バサバサと大きな羽音を鳴らしながら何処かへ飛んで行ってしまった。



改めて声をかけて来た人物を見る。
そこにはブロンドの髪と碧眼の、スラッとした体型の男性が立っていた。
まるで絵本の中から抜け出してきた王子様みたいだと、彼を見た瞬間頭を過ぎった。


「ああ…ごめん、急に声を掛けられたら誰だってびっくりするよね。僕の名前はノーブル」
「ショウトです」


警戒の色を解かない私に気づいたのか、人好きのする笑顔で男は名乗った。
その笑顔に幾分警戒心を解かされると、私もつい自分の名前を名乗ってしまう。
……こういう所がローさんたちにお人好しだと言われてしまうところなのかもしれない。

悪い人そうに見えないからと言って、組織にいた頃よりも随分警戒心が緩んでしまったのだろうか。反射的に応えてしまった自分に内心歯噛みした。

同時に、以前よりも人との関わりに前向きになれたのはある意味良いことなのかもしれないと、ハートの海賊団たちの面々が頭を過ぎる。


「君たち、この船に乗ってしまったのなら、この船にあるルールを守らなければいけないよ」
「…ルール?」

ノーブルという男は、声を低くして子どもに言い聞かせる様に注意深く私に言った。


「"海賊船がこの船を降りる時には、1億ベリー支払わなければいけない"」
「何それ?!」

思わず大きな声を出してしまった。
船を降りる為だけで、そんな大金を支払わなければ降りれないなんて聞いてない!!

チラシのどこにもそんな記述無かったし、この船に乗船する時も説明されていない。


「遅かれ早かれ、どんな形かでこの事実は知ることにはなると思うよ」
「…そんな話を、信じると思うんですか?」


今初めて会った人から急にそんな話を聞かされたところで、俄かに信じられる話ではない。
訝しげな視線を受けて、それも当然か。と、彼は呟いた後、真剣な顔をして私と視線を合わせた。

「君が僕を少しでも信じてくれる様に、今から海賊船が停泊する船着場に行こう。確か、頃合いだ」


そう言ってノーブルさんは早歩きで歩き出した。彼について行くべきか少し迷った後、真実を確かめるために、その背中を追う。

もし、これが本当のことならば金策の面でも早めに手を打った方が良い。
事実なら、早くローさんに伝えないと。






彼に連れられてグラン・カルナバル号の端に位置する、海賊船専用の船着場にたどり着くと、そこには一隻の海賊船が停泊していた。

ポーラータング号同様に、左右と背後を分厚い壁に囲まれた中に一隻の船が浮いている。



先程は気にしなかったけど、グラン・カルナバル号にならぶ街並みの喧騒から、だいぶ離れたところに海賊専用の船着場は位置していた。


ノーブルさんと建物の陰に隠れながらその船の様子を伺うと、何か激しい怒鳴り声が聞こえて来る。
もっと良く様子を伺おうと身を乗り出すとあまり近づきすぎない様にと隣から伸びた手に制止された。


ーー払えるか!ンなもん!!早く船を出航させろ!

ーーおかしいですね。市民から略奪を行う海賊がこの金額を払えないと??……でしたら、仕方ありません。支払う金額に足りるまで、どなたかを奴隷として売り出して頂きます。幸いここはシャボンディ諸島の近く。ヒューマンショップは沢山あります。


「この船を降りる条件を知らなかったか、間に受けなかったかは分からないけれど……どうなるかは見ての通りさ」


小さな声でノーブルさんが話しかけてくる。
一体何が起こるのか。ゴクリと唾を飲み込んだ。


海賊に相対して話しているのは出航の手筈を取り仕切る、多分……裏社会に通じている人間だろう。
丁寧な口ぶりに対して話しているけれど、内容は穏やかではない。


ーーふざけるな!俺たちを誰だと思ってる!!

ーーどうしようも無いですね。


「……!」

海賊船を囲う、四方の壁からガチャンと砲身が現れた。


ーーやれ。


完全包囲された状態の海賊船は、なす術なく大砲の集中砲火を浴びて、あっという間に大破する。
凄まじい爆風がこちらまで届いて、目に粉塵が入らないように手をかかげて避けた。


風が吹き抜けた後に見えたのは、見るも哀れな姿になった船が、その破片と共に徐々に海に沈んでいく光景だ。



「貴方の話、本当だったんですね…」

彼の言う事を信じる他なかった。
絢爛華美な姿の裏で、なんて卑劣なやり取りをする船だろう。


とにかく、早く、ローさんに伝えなければ。


「ありがとうございます、助かりました。船の人に伝えなくちゃ。さよなら」


踵を返し、急いでハートの海賊団の誰かを探しに行こうと走り出そうとした。


「待って!まだ話には続きがあるんだ」


慌てた声で私を引き止める彼は、矢継ぎ早にこう言った。


「お金を払わなくて済む方法が、この船にはあるんだ」


prev / next

[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -