小説 | ナノ


03

最後にローさんがバーソロミュー・くまを大太刀で貫いて、彼は機能を停止した。


「ペンギン、クルー全員に出航することを伝えろ。
コーティング職人との交渉はどうなっている」


くるりとこちらを振り返ったローさんはペンギンさんに指示を飛ばした。ペンギンさんは頷くと子電伝虫を取り出し、各方面に連絡を取り始める。

「さて、出番だぞ。羽根屋」

お待ちかねの。こちらにニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。
先程、後で頼みたいことがあると戦線より私を下がらせていてくれたのは、気遣いではなく本当に考えがあっての事だったのだ。


「まだ海軍は追ってきている。だが、俺も流石に少し疲れた。これ以上無駄な戦闘は避けたい」
「……!わかりました!皆さんの事を船まで運びます!」

ローさんの意図を把握し、彼に駆け寄ろうとした時。
急に強い力で後ろに腕を引かれ、バランスを崩しそうになるのをすんでのところで堪えた。

「おい、ひよこ女。俺たちも連れて行けよ」
「……ユースタス・キャプテン・キッド」

ゴツゴツとした大きな手で腕をがっしりと掴まれてしまい、身動きが取れない。
極悪な顔で、綺麗に縁取られた唇の端を愉快そうに吊り上げて私を見下ろしている。
背後ではベポちゃんたちがショウトを離せー!と叫んでいた。


「いたぞー!逃すな!!」

グズグズと争っている暇はない。
海兵がすぐそこまで追ってきている。


「ケチケチすんなよ、どうせお互い行く方角は一緒だろ」
「…1つ、貸しよ。キッド"くん"」


ひよこ女なんて言うお返しだと愛称をつけて呼びつけてみると、彼は瞠目した後こりゃあ良いとゲラゲラと笑い出した。

「助ける義理はねェぞ、羽根屋」
「でも……。ここで争っていても時間をロスするだけです。大丈夫、なんとか全員運んでみせます」

ローさんが敵船の船長だと叱責するが、掴まれた腕をキッドくんは離してくれない。
それにここでゴタついて海軍に追いつかれては、もっと面倒くさい。



「とは言っても、ちょっと人数が多すぎるわね。
キッドくんのところは2人1組になって。あと、飛ぶ人は私と手を繋いでください」

「2人は私が抱えよう」
「俺たちこんな持ち方されんの?!」
「酷い!」

ジャンバールさんがシャチとペンギンさんを両脇に抱えてくれる。まるで米俵を脇に抱えるような持ち方に、2人は不服の声を揃えてあげた。


右手はローさんとハートの海賊団たち、左手はキッドくんとキッド海賊団たちが、私を真ん中にして一列に手を繋いでいる。

ちょっとどころか大層、異様だ。


ふと、ローさんの筋張った長い指に、覚えのある気がして、親指で彼の手の甲をスリと撫でてしまう。

「……、羽根屋」
「あ、ごめんなさい。いきますね、"ルルヴェ"」

くすぐったかったか、早くしろなのか。意図は分からないけれど、目線だけで彼は見下ろして一言私のことを呼んだ。
それにハッと我に返って、すぐ列になって手を繋いだ皆に翼を生やす。


「あがれ!」

いけ!と勢い付けて地面を蹴り出し、翼を生やした全員を上空に持ち上げる。


「シャボンが邪魔になる。高度を高くして、直線距離を使って船着き場を目指せ」
「わかりました」
「ハッ!便利な能力だな」

ローさんの冷静な指示に従い、しゃぼん玉が形を保てるシャボンディ諸島の気候空域よりも高い空を目指す。
一度引き上げて、必要な高度まで飛び上がることができれば、渡り鳥が使うV字型編隊で飛ぶから、後の飛行に力技は要らない。
……とは言っても集中力はいるけど。


ぐんぐんと上がる高度に、眼下に広がっていた景色がまるでおもちゃの木や家のように見えてきて、現実味を失っていく。

キッドくんが隣で感心したのか、空を飛ぶことが珍しいのか鼻で笑う。
チラリと横目でその顔を見たけど、燃える様な色の赤髪の下で、とびきり人相悪い顔が笑っているから感情が読みきれない。

本当に、顔が、怖い。


「キャプテン!全員船に戻ったそうです!
コーティングについては職人数名と交渉していただけなので、船はすぐに動かせます」
「なら、出航させちまえ。後で追いつきゃいい」

ジャンバールさんの左脇に抱えられながらペンギンさんが伝達している。
その格好がなんだか面白くてちょっと笑えた。
だけど目敏いペンギンさんの後で覚えていろよ、って低い声が飛んできたので、すぐ口を噤んだ。


「ひよこ女、あの船に降ろせ」

偉そうに、キッドくんが船着き場に止まる海賊船を指差した。
恐竜の頭がついてる、驚きに口からポロリと溢れた言葉をキッドくんが誇らしげに拾った。

すげェ武器庫があると豪語する船の名前はヴィクトリアパンク号と言うそうだ。
海賊団の船長としても、自分の船への愛着はひとしおなのだろう。


私としても、早く降ろしたい。

武器の様に一纏めに運べばもっと重量としては運べるかもしれないが、そうできなかったこの状況で、体格の良い男数名を持ち上げ続けることは、私には重すぎて背中がビリビリいってきたところだった。

だから彼らの船に辿り着いたことには、別の意味で内心ホッとしてた。



「お前、面白れェ能力持ってるじゃねェか。俺の船に乗せてやろうか」
「勧誘なら、お断りです」

不敵な笑みを浮かべながら多分、褒めてくれたキッドくんに、全然船に乗るつもりなんかない私は上っ面の笑顔だけ返してピシャリと突っぱねた。
せっかくマフィアから逃げて自由の身になったというのに、怖ーい海賊団に囚われるなんてまっぴらごめんだ。

それよりも背中の痛みから解放されることに有難いとばかりに早々にキッドくんと繋いでいた左手を離し、着陸の為に彼らをどんどん降下させる。


「お気をつけて!!」

一瞬でも共闘した間柄だ。
彼らも無事にシャボンディ諸島から脱出できますように。そう思いハートの海賊団の船を目指しつつ、彼らを船着き場近くに降ろした。


「お人好しが過ぎるな、ひよこ屋」

右手を繋いでいるローさんが少し不機嫌そうに眉を寄せて揶揄する。
ひよこ屋ってキッドくんに倣って嫌味っぽく言ってくるも、ローさんが言うと何だか可愛らしい響きに聞こえるから不思議だ。


しかし。確かに敵船の船長を、ハートの海賊団の船長であるローさんの判断を差し置いて助けてしまったのは、居候として問題だったかも知れない。
今更ながら顔が青ざめる。


「……船長であるローさんを差し置いて、勝手な判断をして軽率でした。ごめんなさい」
「そうじゃねェ。全く…絡まれやすい癖に愛想振りまきやがって」

ローさんはため息を細く吐きながら言うけれど、愛想を振りまいたつもりはない。
そんなつもりはないと言うと、ため息をつかれた。



少し海上を飛び続けると、海を走るポーラータング号が見えてきた。青い海に黄色の潜水艦が良く映える。

ポーラータング号の甲板の真上にまで飛び、着地する為にゆっくりと高度を落とす。
そーっと。集中して。


不意に、ローさんの親指が、私の右手の甲を撫でた。

慣れない感覚に腰のあたりがゾワゾワッとして、思わず集中が途切れて、翼が霧散してしまう。


「わっ!?」

ローさんの突然の不意打ちに、着地が上手くいかず甲板にお尻を強かに打ち付けてしまった。

他の皆は翼が消えてしまっても上手く着地しているのに、無残に尻餅をついたのは私だけだ。
自分の能力なのに……!


「驚かさないでくださいよ!」
「先にやってきたのは手前ェだろうが」

痛む腰を押さえて立ち上がって抗議すると、うるせェとばかりに、フライトキャップの上から頭を鷲掴みにされる。

いつもの優しくポンポンと叩いてくれるものとは違う荒っぽい掴み方に、頭が軽く揺れた。
ふらついた体勢を整える間もなく、ローさんはそのまま船内に入り、バタンと扉の閉まる音が響く。


「お前、何やってんの?」
「すぐ潜水するから中に入れよ」

シャチが不思議そうに声をかけてきて、ペンギンさんが私の背中をポンと押しながら船内へ促す。





「ショウト!無事でよかった…!!」

その後直ぐに海軍の追っ手を撒くために潜水した為、コックさんに会いに船内の食堂に行くと、人攫いに追いかけられた私の安否を心配していたコックさんとイッカクが駆けつけてきてくれた。


「あら?あんた、なんで顔赤いの?」

イッカクが私の顔を覗き込みながら言うけれど、先程から顔が熱い理由がわからない。
ただ、ローさんの指に、手の甲を撫でられた時から顔が火照って仕方ない。




「ひよこ屋、喉が渇いた。水持ってこい」
「あの、私いつまでソレで呼ばれるんですか…?」

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