小説 | ナノ


02

初めて目の当たりにしたローさんの戦闘は鮮やかで、トリッキーで、目が離せなかった。
確かな実力と経験に基づいた一挙手一投足は戦いの最中だというのにいっそ美しい。


「気を楽にしろ、すぐに終わる」

そう言いながら海兵の頭や胴体をバラバラにして、めちゃくちゃにくっつけてしまう。
手があるべきところに脚があったり、胴体が樽だったり、はたまた胴が多かったり。


それは見ていてグロテスクなんだけど、ローさんの指が動く様はとても綺麗で、彼の動きや身のこなしに見惚れてしまう。



「迫撃砲は能力者以外を狙え!!銃撃隊、後方へ!!」

准将と呼ばれる海兵が檄を飛ばす。

不穏な指示に、易々とそんな事はさせやしないと、目の前に並ぶ迫撃砲の砲身に次々と翼を生やして、砲身を後ろ向きへぐるんと回転させた。

本来放たれるべき方向とは真逆の方向に放たれた砲弾は、海兵たちの元へと飛んで行き、大きな爆発音をあげる。


「やるじゃねェか!ショウト!」

シャチが拳を握りながら賞賛してくれたので、思わず照れてしまう。
さっき助けてもらっちゃったし、少しでも役に立てたのなら嬉しい。
頬に手をあて、ふふふと笑うと遠慮なしに肩をバシバシと叩かれた。痛い。


「アグリーダックがいます!」
「何?!何故あいつが海賊と一緒にいるんだ!」

目立つ真似をしたのだから当たり前だけど、海兵に大声で目をつけられるとちょっと怖い。
すすす…とペンギンの後ろに隠れると、なんで隠れるんだよ!と叱咤されてしまうけれど、あんな怖い顔した人たちに標的にされたいとも思えない。



「アイヤ〜〜ッ!!アイアイ〜〜イ!!」

ベポちゃんがカンフーみたいな動きでどんどん海兵たちを倒していく。なんて機敏なクマなんだ。普段可愛いのに、戦闘も強いなんて憧れる。


「急げベポ!」

ローさんが駆け抜けながらベポちゃんに声をかけると、先程天竜人から解放されてローさんの部下になったジャンバールさんが橋を落とした。

私はみんなに置いて行かれないように低空飛行をしながら、追ってくる海兵に向かってナイフを投げ続ける。
私なら仮に橋が落とされたとしても、問題なく船を目指せる。ならば、殿を守るべきだ。

地面から浮かび上がるシャボンに気を取られながら、後方にナイフを投げ続けた。



けれど、気色ばんで追いかけてくる海兵の数が多くて、ナイフを投げても投げても数が減らない。

こんなに大人数に追いかけられることなんて初めて。
額から流れてこめかみを伝う汗を手の甲で拭った時、身体が何かに弾かれて前に突き飛ばされる衝撃に襲われた。

一瞬何が起きたのかわからなかったけれど、すぐにシャボンに弾かれたのだと直感した時にはバランスを崩して、両手を地面につく直前の光景がスローモーションで流れる。


転ぶ、そう頭では受け入れながら、同時に転んだ後どう体制を立て直すか考えを巡らせた。
不測の事態だとしても思考や行動を止めてはいけない。それは時として死に直結することを私は知っている。

次の行動を考えた視界の端に、突然オレンジ色が見え、何かがお腹に巻きついたと思ったら急に地面が遠くなった。


慌てて自分の腹部を確認すると、オレンジ色の袖と白い毛並み。
そして、軽快に走る振動が体に伝わる。


「ありがとう、ベポちゃん」
「怪我はない?」

ベポちゃんが倒れる前に私を抱えて助けてくれたんだ。
あの、助かるんだけど……、ねえ、この抱え方。
所謂、俵抱きっていうんじゃなかったっけ。

……雑な運び方についての文句は、非常事態に目を瞑ることにしよう。


気を取り直して、ベポちゃんの背中に手をついて上体を持ちげる。
帽子の影から、海兵たちの姿を捕捉した。

運んでもらっている今なら、海兵の足止めに集中できる。
腹筋と背筋に力を入れて上体を支え、剣や銃を向けて追いかけてくる海兵たちの怒号を真っ直ぐに見つめた。


細かい針状に羽を生成し、すべての指の間に挟み、無数の毒針を白い制服の群れに向かって放つ。


「し、痺れて動けない…!!」
「あの針に触れるなー!!」



「お…オイ!!!」

前を走っていたシャチが何かを見つけ叫んだ。


動乱の中、前方に見えるのはキャプテン・キッドと、

「なんで七武海がこんなところに……!」

王下七武海の一角、バーソロミュー・くまが立ちはだかっている。




「後ろから海兵が来るぞ!」

シャチが声を荒げて後方に迫る海兵を警戒を促す。

私の力で皆と飛ぶにしても七武海相手に背を向けて逃げきることは難しいだろう。


ここは、なんとか突破しないと船に帰れない。


抱えて走ってくれていたベポちゃんの背中をトントンと叩くと、素早く地面に下ろしてくれた。
彼もまた目の前の敵に臨戦状態だ。
戦いの場の風を読むように、黒い鼻がヒクと細かく動いている。





シャチとペンギンさんの体術による連続攻撃のあと、すぐさまベポちゃんの攻撃に切り替わった。

素晴らしい連携の取れた戦い方。

けれどバーソロミュー・くまを蹴ったベポちゃんが、何故か足を押さえてゴロゴロと転がった。


「ベポちゃん…!」

駆け寄ろうとするもローさんの右手がすかさず私の前に出て、動きを静止する。

私の前に出した右の掌を上に向け、ローさんはすぐさまベポちゃんとジャンバールさんの位置を変え、
入れ替わったジャンバールさんがバーソロミュー・くまを手四つで取り押さえた。


そこにキャプテン・キッドがまどろっこしいと大量の武器の塊をバーソロミュー・くまに叩きつける。


展開が巡るましすぎて助太刀に入る隙もない。


「やっぱり、もう少し戦えないとダメかも…」


目の前の壮絶な戦いに肩を落とすと、キュイー…ンという不快な機械音が鼓膜を震わせる。

機械?と思うと同じくらいに大きな爆発が起きて、抵抗する間も無く吹き飛ばされ、全身が宙に投げ出されてしまった。

突然の衝撃に、どこかに身体を打ち付けることを覚悟して受け身を取ろうとしたけれど、いつまで経っても衝撃は襲ってこなかった。


「……?」

恐る恐る目を開くと、見覚えのある黄色いパーカーとジョリーロジャーが目の前に広がり、視線を上に向けると前を見据えたローさんの顔があった。
左腕は私の腰に回して支えてくれている。


「ご、ごめんなさい…!」

助けてもらっちゃったんだ、こんな乱戦のさなかで。
助かったと安心する気持ちと、足を引っ張って申し訳ない気持ちで一杯になり思わずローさんの左腕から、逃げるように距離を取ってしまった。


ピピピピピとまた機械音が聞こえてきて、一瞬の光と共に物凄い爆発が起こり、爆風で巻き起こる粉塵が頬を叩く。
どうやら機械音も光と爆発を起こすビームも、どちらもバーソロミュー・くまが起こしているみたいだ。

それにしても暴君の名を持つバーソロミュー・くまだからといって、仮にも王下七武海がこんなに手当たり次第に攻撃をするもの?
違和感を感じる。


それにさっきから聞こえる機械音が闇取引の合間に組員が話していたある噂話を思い出させる。


「パシフィスタ……?」
「……何か知っているのか、羽根屋」


そうだ……、アイツらが言っていた。
ーー平和主義者なんて名前だけのヤバいものを海軍が発明しているらしい。あんなものが実装されたら海軍との取引に差し支えが出るんじゃないか。


「Dr.ベガパンクが開発した、改造人間のことです」
「アレがそうだってのか」

通りで攻撃が通りにくいわけだ。納得したようにローさんがひとつ、頷いた。

「羽根屋、お前は下がってろ」
「…はい」


悔しいけれど、私が居ては戦いの邪魔になってしまう。
皆が必死に戦っているのに自分だけ役に立たないことが歯がゆい。

指を咥えて見ているだけしかできない自分が情けなかった。


「勘違いするな、後で頼みてェことがある」
「!」


ぽんと一度、頭に手を乗せられて、そんな一言をローさんから言って貰える。
それだけで幾分救われたような気になるんだから、自分も大概だと思う。

こうしてローさんに気持ちを掬い上げて貰うのは、もう何回目だろう。


気を取り直して、暴れまわるバーソロミュー・くまを遠目に見やる。

平和主義者なんて、皮肉な名前は一体誰に向けたものだと言うの。
手や口からビームを出して暴れまわる人間兵器を見つめながら、嘆きにも似た悲しみが土埃と一緒に鼻の奥をかすめていった。

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