小説 | ナノ


13. その右手ひとつ 01

静まり返ったオークション会場
驚愕と俄かに信じ難い出来事に戦慄く人たち

私も開いた口が塞がらなかった。


まさかーー、
天竜人を殴り飛ばす人が、本当にいるなんて。
そんな事、想像した事もなかった。


何が起こったのか理解が追いつかないけれど、
先程から胸の奥で暴れ回っていた怒りや悲しみがスカッとしたことは、紛れもなく確か。




"人魚のケイミー"が競売品としてステージに上がった時、会場はいっそうどよめきに包まれた。

世にも珍しい人魚の女の子に、会場中が生唾をゴクリと飲む音。
誰もが彼女を欲しいと望むその空気が、ある種の緊張感となって肌を刺した。

しかし、息巻く会場の雰囲気は、先の天竜人が5億で買うと宣言した事によって、あっけなくも収束する。



5億ベリー

俄かに信じられない額よりも、
私は丸い金魚鉢の水槽に鎖で繋がれている人魚の女の子が、叫びながら何かを訴えていることの方に目を取られた。


静まり返った会場。
だけどそれは、"天竜人にあっという間に人魚を落札された"という圧倒的な権力の差を見せつけられて、唖然としている、だけ。



彼女の叫びに、誰もその声に耳を傾けようとはしない。


たった今、あの女の子の値段が5億ベリーに決まった。
その変えようのない事実に、口元の戦慄きを手で押さえて隠すしかなかった。



それでも、自分に出来る事など何もない。


事実が胸に突き刺さる。
ただ見ているだけで何も出来ないと言う事は、
私もこのオークション会場に詰めかける人たちと何も変わらない。

彼女やこれから奴隷となっていくだろう人たちを、高い位置から見捨てている事に何ら変わらないのだ。


やるせなさに視界がどんどん滲む。



時間いっぱいにより木槌が鳴らされる瞬間、
悔しさに目を閉じた時、轟音を立てて「彼ら」はやって来た。


そして、あれよあれよと言う内に麦わら帽子をかぶった彼は天竜人を文字通り、ぶっ飛ばす。


何が起きたのか、理解が追いつかなくて、
間抜けに空いた口が小さくパクパク動くだけ。


ただ、ただ、麦わら帽子の彼の横顔がやけに眩しくて、羨ましいと思った。
しがらみや恐怖に囚われず、自分の信念や感情に素直に行動することは、頭で理解するよりも遥かに難しい。

その生き様を、目の前で見せつけられた気がした。
ローさんも愉快そうに口角を上げる。


天竜人を怒らせてからは、衛兵が出てきて彼らを捕らえようと戦いが始まり、
一刻も早くここから離れようと、蜘蛛の子を散らすかの如くパニックになった観客たちが我先にと逃げ惑う。


私も参戦した方が良いか考えあぐねるけど、ローさんがまだ肩に手を回しているので動かないで静観することにした。
わざわざ騒動に巻き込まれる必要性も無いし、
ひとまず、私たちに攻撃が及ばないならジッとしていよう。


さらに来たトビウオが会場の屋根を突き破り、会場の混乱は掛け算をするかの如くどんどん大きなものになっていく。
一体、何が起こっているのか理解するのに必死になる中、会場に次々と揃う見覚えのある面々に、ある一味の名前が思い浮かんだ。



「首についた爆弾外したらすぐ逃げるぞ。軍艦と大将が来るんだ」
「海軍ならもう来てるぞ。麦わら屋」

ローさんが麦わら帽子を被った彼……
手配書には凡そ似つかわしく無い満面の笑みを向けた写真が印象的な賞金首、麦わらのルフィに声をかける。

肩に手を回されたままの私も、何となく居住まいを正して麦わらのルフィの方へ視線をやった。


「海軍ならオークションが始まる前からずっとこの会場を取り囲んでる。
誰を捕まえたかったのかは知らねェが、まさか天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思わなかったろうな」

ふふ、面白ェもん見せて貰ったよ麦わら屋一味と薄く笑うローさんは珍しく楽しそうな顔をしてる。

「トラファルガー・ローね…あなた…!ルフィ海賊よ、彼」

そう麦わらのルフィに説明する鼻筋の通った黒髪の美しい女性は多分、ニコ・ロビンだ。

彼女を見上げると、別の方向から視線を感じる。
そちらを向くと、まん丸の黒い目と視線がぶつかり思わずドキリとした。

「お前もか?」
「私?」

まん丸で無垢、子どもみたいな瞳で、麦わらのルフィが私に質問をぶつけてきた。
まさか声をかけられるとは思わなかった唐突な問いになんて答えたら良いか咄嗟に分からない。

海賊…ではないよね。えっと、居候?


「それよりも、さっきは胸がすいたわ。ありがとう」

詳しく説明するのも面倒なのでその点については答えず、先程の天竜人を殴り飛ばしてくれた事にお礼を言いながら握手を求める。

何がだ?と首を傾げながらも握手をしてくれる麦わらのルフィに思わず笑みが溢れた。

……自分のしでかした事件に、まるで無頓着なのね。




麦わらのルフィに挨拶していると舞台の上で天竜人の女性が急に倒れる。

一体何が起こったのかと驚く間も無く、「売」と大きく描かれた張物がバリバリと縦に引き裂かれ奥から、誰かが悠々と歩いて来た。


ローさんの短く息を飲んだ音。
過ごした時間は僅かながら、今まで見た事のない彼の反応に、どうかしたのかと顔を見上げ見れば、彼の表情には隠しきれない緊張が見て取れる。

私が不躾に彼を見つめる事にさえ気づかない程何かに釘付けになっているようで、僅かに揺れる瞳が警戒心を物語っていた。


一体、どうしたんだろう?と訝しんだ瞬間、

ビリビリとした威圧感と、氷のように冷たいものに全身を包まれたような感覚に陥り、
冷や汗がどっと吹き出た。



ここには居ちゃいけない、
逃げなきゃいけない、

頭の中では警告音が大音量で鳴り響くも、足が、身体が、少しも動かなくて思わず隣に居たローさんにしがみ付くしかない。


「……っ!はっ…、」

息が止まりそうな抑圧感に、呼吸が浅くなる。
苦しい。
かつて味わった事のない威圧感。

それでも正体の見えないモノに屈してはいけないと、有りったけの力を振り絞った。
無理やりに恐怖心に抵抗しようとすれば、身体中の骨や筋肉が悲鳴を上げる。


そんな時、
私の肩に回していたローさんの腕が、グッと私を彼の胸に引き寄せた。

ぐいと力強く抱きしめられると、
彼の爽やかな匂いと低めの体温に包まれる。
それに身を預ければ、自然と力が抜けて呼吸が深くなり、空気が全身に送られるその感覚に、幾分冷静になれた。


「まさかこんな大物に、ここで出会うとは…」

全身を襲う急激な冷気が止んだ為、そっとローさんの胸元から顔を上げると、
"冥王"シルバーズ・レイリー……そう呼ばれる、かの伝説の男の姿が目に入る。

何故、彼が、ここに。

何だか今日は驚くことが次々と起きて目が回る。


展開の早さに置いていかれそうになるも、

『犯人は速やかにロズワード一家を解放しなさい!直「大将」が到着する!どうなっても知らんぞ!!ルーキー共!!』

拡声器から響く怒鳴り声にハッと我に返り、しっかりしろと自分の頬を叩く。
そんなありきたりな鼓舞でもしなきゃ、アタフタしてその場の空気に呑まれてしまいそうだ。

私だって一応、賞金首。
ここを乗り越えなければ生きてこの島を脱出出来ない。


「俺達は巻き込まれるどころか…完全に共犯者扱いだな」

シルハーズ・レイリーに敵意がないことを感じ取ったローさんは冷静に状況を把握する。
その口元はこの状況を楽しむように弧を描いている。

私はこれから予想される戦闘を思い、もう一つ飴玉を取り出して口に入れて心構えを新たにした。
また目眩を起こしては困ってしまう。



「もののついでだ、お前ら助けてやるよ!
表の掃除はしといてやるから安心しな」

先程私を"ひよこ"と言い放った、燃えるような赤髪の海賊……ユースタス・"キャプテン"・キッド。

彼の一言に、ローさんがカチンと来たのが一目で分かった。
というか、まさしく、音が聞こえた。



そのまま彼はキャプテン・キッドと麦わらのルフィとの3人で何やら言い争いをしながら、会場の外に張り合うように先陣切って会場の外へと出て行ってしまい、いつの間にか姿も見ない。


「行っちゃった…」
「キャプテン、子どもっぽいところあるから…」

嵐のように会場を出ていったそれぞれの船長たちを、それぞれの船員が呆然と見送る。
ベポちゃんが溜息をつきながら言い放った。


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