小説 | ナノ


03

撤回!撤回!

一緒に行動させて欲しいと思った事は、断固撤回させて欲しい。



今私はシャボンディ諸島1番グローブの人間オークション会場の目の前で、ローさんに腕を引っ張られ引きずられながらも、懸命に対抗している。


「嫌です、絶対に嫌です!ここは入りたくないです!!」
「我儘言ってねェで行くぞ」

隣からシャチがもう諦めろよーと気怠げに声をかけてくるし、ペンギンさんは散歩している時の犬みたいだと半笑いの表情を浮かべている。

「だってローさん、こういうの興味ないって言ったじゃないですか!」
「煩せェな。見てェもんは他にあるんだよ」

武器の密輸ルートを教える私との取引の時に、確かに彼は麻薬や人身売買には興味がないと言っていた。
なのに一体何を見る為にこんな悪趣味極まり無いところに足を運ぶのか理解できない。

腕を引っ張られようが、頑として足を踏ん張る。
そんなやり取りに青筋を浮かべたローさんが「…ベポ!」と言うと、ベポちゃんがひょいと私を小脇に抱えて強制的にオークション会場へと歩き始めた。


「ベポちゃん…」
「でもショウト、はぐれちゃったらまた追いかけ回されちゃうでしょ?」

じっとりと抗議の視線を送ると、ベポちゃんに優しく諭され最終的にはグゥの根も出なかった。



オークション会場に入ると沢山の着飾った人たちがガヤガヤと期待と高揚感に包まれながら、まるで何かのショーを待ちわびているかのように席についている。立ち尽くしたまま会場を見渡していると、ローさんがさっさと座れと私の腕を引いて自分の席の隣に私を押し込めた。

今度はもっとたくさん働ける男の奴隷を買うとか、若くて美しい女の奴隷を買うとかまるで人を物みたいに扱う会話がざわざわと嫌でも耳に入ってくる。


なんて不快で気分の悪い場所だろう。
ほとんど満員の会場に、こんなにも人を人だとも思わない人間がいるのかと目眩がする。



私もかつて、感情の無い道具同然として扱われてきた。

悪魔の実の能力を持った、便利な"モノ"。
私の感情や痛みについては無いものとして扱われた日々。


誰かの力になれるという事は、喜ばしい事だとかつて教会の本で読んだことがある。

でもそれは自分から望んだ相手に対して思う気持ちであって、尊厳がまるで無い、物の様な扱い方をされる事とは天と地以上の解離があるのだと、その本の一文を思い出しては心臓を掻き毟りたくなる衝動に駆られた。


もう、あんな場所で、あんな生き方をしたくない。


隣でローさんが、ニヤ…と誰かに中指を立てている気配を感じたけれど、私は聞きたくない沢山の会場のざわめき声に、腰掛けたベルベット生地に視線を落として聞かないふりを続ける事に必死だった。



*******



「なんと破格!美しい踊り子パトリシア!高額での落札になりました〜〜っ!!」

なんて、酷い……。

人が目の前で値段付けられて売られていく様には、どこにも人としての品位なんか存在していなかった。

会場の熱気に包まれてどんどん釣り上がる金額。ステージに立たされる彼女たちの青ざめた姿はあまりにもちっぽけに見えた。


ローさんは見たいものがあるって言っていたけれど、さっきからオークションには参加せずに頬杖をつきながら、ステージに立つ人間と、司会が焚きつける競りを静かに見ている。

彼の表情からは内心が読めないことが多いけれど、今はいつも以上に分からない。

ただ、くだらないものを見るように不愉快そうに眉を軽く潜める冷静な視線の先は、
ステージで行われている出来事よりもずっとその先を見据えているような気がした。


一段大きな歓声が響く。
まるでこの世の差別の縮図を見ているみたい。
ここがどんなに着飾った場所であったとしても、地獄の一端に他ならないと奥歯がギリと鳴った。


不意に後ろのドアがガチャリと開く音がした。
次いでドカドカと何かを蹴る様な不穏な音が聞こえ、思わず視線を送る。

「おいコレついでに売ってこい。もういらんえ!!」
「………っ!!!」


一瞬でお腹の奥から熱がグラグラと煮えたぎって、顔が熱くなるのが自分でもわかった。

天竜人……!!

あいつらが私たちの街に来たから、シスターも皆も殺される事になったんだ…!!
あいつらが、孤児院を"汚い"なんて言ったから…!!!


全身の毛が総毛立つ様な感覚に襲われ、目の前が赤く染まる。そんな衝動的な怒りに思わず席を立とうとした瞬間、


「羽根屋、お前になんとか出来る相手なのか…?」

低い声でローさんが私の肩に手を回して、怒りに燃える私を強制的にシートに落ち着かせた。
動くなと制止されたと言った方が適切か。

ローさんの言うことは正しい。
私には天竜人に何か出来るなんて力は持ち合わせていない。

何が誇り高い血族だ、何が世界の創造主の末裔だ。
ただの権力を暴走させた怪物にしか思えない……!


「おーおー、血の気の多い"ひよこ"が居たもんだ」

私に聞こえるようにわざとらしく揶揄う声に、怒りをそのまま含んだ目でジロリと振り向くと、燃えるような赤い髪にゴーグルをつけた背の高い男が壁際でニヤニヤと此方を見ている。

勢い付いた私が何か言い返すために息を吸い込んだタイミングで、今度は真後ろの席にいたシャチにかぶっていたフライトキャップごと頭を上から押さえつけられ、ふぎゃっと情けない声が出てしまった。

「お前、意外と喧嘩っ早いんだな」

笑いながら私の肩越しに顔を覗き込ませてくるシャチに、何をするんだと目で抗議の鋭い視線を送る。
ふつふつと沸き起こる怒りがまだ胸の内で燻り続けて、辺りかまわず撒き散らしそうになっているのが自分でもわかる。


「……まァ、低血糖の時はイライラするもんだ」

ローさんがズボンのポケットをゴソゴソと探ると、私の目の前に拳を出してきた。
呆気にとられて思わず手のひらを広げると、飴玉が数個転がる。

「…ありがとうございます」

この場にそぐわないような可愛らしい乳白色の包み紙に拍子抜けして、無意識に飴玉を手に取り出していた。
飴を指で摘んだままローさんを見上げると、顎をしゃくって促される。

その動作につられるように飴を一つ口の中に放り込むと、口の中に広がるミルク味の甘くてほんのり優しい味が身体に染み渡り、僅かながら気持が落ち着く。


意外な存在に怒りを削がれてしまって、嵐が吹き寄せる程の焦燥感はいつのまにか胸の内で燻る程度に収まってしまった。

胸いっぱいに宿っていた行き場のなくなったイライラした気持ちを鼻から細く吐き出して、仕方ないから渋々と座席に深く座り直す。
そんな様子をローさんは私の肩に手を回したまま少し愉快そうに唇の端を上げてクツクツとした笑いを自分の拳で隠した。

しかし、いくら怒りが収まったとはいえ、どうにもこの会場の不愉快さに胃がムカムカするのは治らなくて、まだまだ続く最低なショーに、湧き上がってくる不安と不愉快さに任せ、飴玉をガリリと噛んだ。



(キャプテン、ショウトの扱い方がどんどん上手くなっていっている気がする…)
(……飴玉一つで機嫌直すショウトも大概チョロ過ぎるけどな)


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