小説 | ナノ


02

21番のマングローブが見えてきた頃には人や建物の障害物が多くなり、シャボン玉も道を阻んで、いよいよ飛行に適さなくなってしまった。
今は必死で専ら障害物を利用しながら走ってばかりいる。

あんまり走るのは得意じゃないんだけど、捕まりたくない一心で足を動かすしかない。


せっかくマングローブ同士を繋ぐ橋を無視しながら飛んだというのに賞金稼ぎは懸命に食らいついてきていた。
何とか追っ手は3人にまで減らせたけど、残りが意外と撒けなくてしつこいと無意識に歯噛みする。


さっき近くの者同士に翼を生やして強制的に自由を奪い、思いっきり側頭部同士をぶつけさせて卒倒させた。
それに警戒されたのか、3人ともばらけて追いかけてくる様になってしまい死角も上手く取れない。

悪手を打ったかと悔やんだけれど、まずは追ってくる人数を減らせたことを良しとした。


ポーラータング号でコックさんに指し示された方向を迂回しながら目指しているけど、10番台のエリアに入ってからガラが悪い人も増えてきた。
その上"海軍お断り"なんて趣味の悪い髑髏のオブジェまで見てしまい、見なきゃ良かったと後悔が頭を過ぎる。

幻想的な景色とは裏腹に、治安が最悪じゃない。この島は!



「あいつなら高値で売れそうだ!」
「絶対に逃すな!左に行ったぞ!」

後ろから聞こえる大声に「高値で売るって、賞金稼ぎじゃないの?」と思わず首を捻る。

私の賞金額はもう決まっていて、それは私が生きていようが死んでいようが値段は変わらない。

それなのに高値と言うには何かの理由がありそうだけれど、言葉の不穏さから捕まる訳にいかないことは変わりは無い。



それにしても……

さっきから町の中で爆発音が聞こえるし「怪僧が暴れてる!!!」なんて悲鳴が聞こえてくるし。

本当、なんなのこの物騒な場所は!


今までも追手から逃げる事は多々あったけれど、不躾に追われて良い気持ちなんてする訳がない。
まして治安の悪い所になんて、いままで意図的に避けていたくらいだ。


内心舌打ちしながら、騒ぎに巻き込まれる訳にはいかないと、喧騒から遠ざかる様に裏道を縫ってひたすら走る。


カチッとトリガー音がした事に、咄嗟にマズいと前方に飛び出した瞬間、大きな爆風に巻き込まれそうになる。

こんな狭い路地裏でバズーカ打たないでよ!
風圧に煽られ、埃が舞う中ひらけた場所にゴロゴロと転がって避難した。


往来の人たちがなんだなんだと騒つくが、正直構っていられない。



転がった拍子に目の前がチカチカとした。
ほぼ絶食状態のところからこんな激しい運動をしたから、手足が痺れて冷や汗が吹き出る。

なんとか膝をついて立ち上がるも、貧血のような瞼の下から黒い影がジワジワ上がってくる感覚に襲われ、頭がふらつく。
膝の力がカクンと抜けそうになり、慌てて体勢を立て直した。


目眩を起こしてふらつく私を見てチャンスを感じたのか、3人の男たちは私をすぐに取り囲んでくる。


「もー…良い加減にしてよー」

空腹で動き回るのは体力的にかなりきつい。
ふつふつと怒りまで湧いてきた。
なんで、こんな目に合わなきゃいけないのよ。


「もー!やだー!!!毎回、毎回、毎回!!」

やけっぱちになり、半ば叫ぶ様にしながら黒とオレンジの羽毛を掌に集める。

渦を巻いて風に乗るのは、図鑑で知ったズグロモリモズという猛毒持った鳥の羽毛。
ピトフーイとも呼ばれるこの鳥は、雀くらいの大きさの鳥でありながら羽根にはフグ毒の約4倍の毒性がある。
いつものナイフに使っていたズアオチメドリよりも強い毒性を持つ立派な毒鳥だ。


…今までは逃げ回るための体力の配分を考えていたけど、もういっそ、なりふり構わずにこの羽根を口の中に突っ込んでやろうとイライラしながら、手の上で渦巻く羽根を構えた。



「お嬢さん、助太刀するぜっ!」


そう軽口が聞こえた瞬間、白い影が後ろから躍り出た。

それが何か確認する前に、前に立っていた賞金稼ぎの1人を、バキッと殴り飛ばしてしまった。

白い何かは、今はもう見慣れた白いツナギと海賊旗を背負っていて、思わず嬉しくなってその名を叫ぶように呼んだ。

「シャチ!!」

次いで後ろからもドカ!ドカッ!と人の倒れる音に振り向くと、同じく見慣れた白いツナギが目に飛び込んできて、頼もしさに涙が溢れそうになる。
いつもならなんて事はない敵だったのかもしれないけれど、病み上がりに加え空腹で体力的に厳しいと精神的にも脆くなってしまう。


「ペンギンさん!」
「無事で良かった。血相変えたコックから連絡を貰った時は焦ったけどな」

手を叩いていっちょ上がりと言わんばかりの仕草をしながら声をかけてくれるペンギンさん。
見慣れた彼らの姿に安心して、ヘナヘナとその場に崩れるように座り込んでしまった。
助かった。それだけが強烈に理解できる。

もう立っているのも限界に近かった。


「大丈夫?よく頑張ったね!」
「ベポちゃん!!!」

駆け寄って肩を支えてくれるベポちゃんに思わず抱きつく。
まだ手足は痺れるし目眩もするけれど、この温かさに体力が戻っていくような気がした。


コツコツと聞き覚えのある早さで歩くヒールの音が近寄って来て、背の高い影が顔にかかる。
定まらないながらもゆっくり視線を上げると、眉間に皺を寄せたローさんが立っていて、今の私にとって誰よりも頼りになるその姿が目に入った嬉しさに思わず声を上げて破顔してしまう。

「ローさん…!」


そう遠くない時期に、この海賊達とは別れて自分の力で生き抜かなければいけない。
元からそう言う約束だった。

いつの間にかこの海賊団が心の拠り所になっていることを、彼らの名前を呼んだ瞬間自覚して頭がぐしゃぐしゃになる。


怖いし、悲しい。でも、会えて嬉しい。
そんな感情で胸がいっぱいになった私が辛うじて出来たのは、眉を下げて笑うことしかなくて。


力の抜けた情けない私の笑顔をみて、ローさんはいつも通りのため息を吐き、私の目の前にしゃがんだ。


「顔面蒼白じゃねェか。また懲りずに絡まれやがって」

そして少し乱暴に私の腕を取り手首で脈を測る。そのまま下瞼の裏をベーッとをめくり、彼は目を細めた。

「低血糖と貧血だな。シャチ、オレンジジュースでも買って来てやれ」
「災難だったね、ショウト」

そう言いながらベポちゃんが私を持ち上げてくれる。歩けない事が分かっているのか、そのまま肩に乗せてくれた。


「お前危うく売られるところだったな。ここら辺は人攫いも多いから気をつけろよ」

ペンギンさんが笑いながらやたらと物騒な声をかけてくるけど、そういう事は早く知りたかった。
この島に人買いや奴隷の文化が残っているなんて思いもしなかった。

まさか、自分が当事者に成りかけていたなんて!


サーッとこれ以上青くならない顔がさらに青ざめる。

気を取り直すように手渡されたオレンジジュースを口に含むと、濃厚な甘味の後に甘酸っぱくて爽快な後味が口に広がって「あ、おいしい」思わず感嘆の声が出た。
それを聞いたシャチが「お前って結構、ゲンキンだな」と揶揄ってくる。


「ここからは、俺たちと一緒に行動だね」

そんな私たちのやりとりを機嫌よく見守っていたベポちゃんが嬉しそうに歩き出した。
ええ。是非、一緒にいさせてください。

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