小説 | ナノ


12.Eyes with no sight,Ears with no sound 01

「うわぁー!幻想的ー!」


眠りから醒めた途端、静かな医務室で物凄く大きなお腹の音を鳴り響かせて、一拍置いて唖然としたローさんにこれでもかと言うくらい大きなため息をつかれてしまった。


お腹の虫を隠すように、慌てて腹部を抑えて身体を縮こませても音は止まないし。なんだってこんなタイミングで…と泣きそうな位焦る私の額を軽く小突いたローさんの瞳に見えたのは、紛れもない呆れと、安堵の深い色。


意外にもその色を隠しもしないから、私も驚いてしまって、謝罪とか感謝とか伝えなきゃいけない言葉を失ったままぺこぺこのお腹を抱え込むしかなかった。


呆然とする私を鼻先で笑い、琥珀色の瞳を軽く伏せると、コックに伝えてきてやると医務室を出て行ってしまう。

ドアがパタリと閉まった後も、
あの、深い蜂蜜色は一生忘れられないだろうな。って全く働きもしない頭は、同じところを堂々巡りして、ぐるぐると回り続けた。





そんな心底恥ずかしい出来事に顔を赤くしたり青したりしていたら、ポーラータング号はシャボンディ諸島に停泊したと医務室に駆け込んできたベポちゃんから教えてもらえた。


起きた私を「よかったー!おれ、心配したんだぞー!」と痛いくらいに抱きしめるベポちゃんに、以前も同じ事があったなと思い出すも、その時よりも随分と力が弱い。
きっとベポちゃんなりにとても気遣ってくれているんだろう。


それが無性に嬉しくて、くすくすと笑うと当の本人は不思議そうな様子で首を傾げている。
何でもないよと、彼のふわふわの毛皮に顔を埋めて抱きしめ返すと、私の笑いにつられるみたいに2人で笑い合った。

暖かなお日様の匂いに包まれているみたい。
それが心地よくて胸いっぱいに吸い込んで、また笑った。




その後もシャチやイッカクが雪崩れ込むように駆け込んで来て、調子はどうだと代わる代わるに矢継ぎ早に聞いてくる。

圧倒されてしまって返事をする間も無くシャチが無事でよかった!とバンバン肩を叩いてくるからイッカクに病み上がりにやめな!と、絞められているし、

イッカクもイッカクで、大きな声で「お腹空いてるんだって!?」そう言って、私がお腹を空かせていると、ローさんから伝え聞いたコックさんが予め作ってくれた雑炊を彼らの代わりに持ってきてくれた。
気持ちは嬉しいけど、お腹を空かせた事実は、先ほどの恥ずかしい記憶をありありと想起させるから、あんまり触れないで欲しい。


「上陸準備が忙しいから、またな!」って2人が言い残して医務室を出て行った一連の時間は、まるで嵐みたいだったけれど、

多分、久しぶりに目覚めて間もない私が気兼ねなく食事をする為の気遣いなんだろうなって思うと、嬉しさに胸がムズムズと疼いて頬が熱くなる。



運んでもらった雑炊をスプーンで一口掬って口に運べば、薄味の塩気と鳥の出汁が胃に優しく美味しい。


気持ちとしては固形のご飯を食べたいところだけど、「胃がびっくりするからダメ」だと、イッカクからコックさん直々の注意事項が伝えられていた。



大切にちびりちびりと食べ終わらせた食事に、少し物足りない気もしながら、食器を食堂に下げにいく。

本当はもう少し食べたいような気もするけれど、先程盛大に鳴ったお腹の虫に、ローさんに信じられないって顔をされながら溜息をつかれてしまった出来事を改めて思い出し、顔から火が出るんじゃないかと思った。何度思い出しても恥ずかしい。


これ以上食べたいなどと思うのは、どうにか忘れよう。食いしん坊だとバレてしまってはなんだか恥ずかしい。
食いしん坊で済むなら良いけれど、食い意地が張っていると思われては恥ずかしいを通り越して居た堪れない。

決して育ちが良いとは言えない自出だけれど、シスターがきちんと私たちを育ててくれた証を守りたいという気持ちからなのか、そういう品性の様なものは大切にしたいと思っていた。



そう言えば……ローさんからは育ちの良さを感じることが多々あるなぁ。と、自分の足りない品性について鑑みでいたところ、思考がズレて思い至る。


言葉使いも目つきも悪いし、甲板に転がる物を長い足で蹴ってどかす姿を見たこともある。
態度も良くないことが多いのに、彼は何処となく"品"みたいなものを滲ませる時があった。


それは食事の時であったり、読書をしている時であったり、日常のふとした時に紛れて感じていたことで、具体的にこう言うところとは言えないけれど。


一般的に粗野で粗暴で、およそ品性などかけらも持っていない悪逆非道の集まりというイメージを持たれている海賊。それなのに彼の姿が何かと目に焼き付いて離れないのは、そう言う意外性からなのか。


それに比べて私ったら……と、そんな内省を悶々としながら食堂に入った時、ふと窓から見えたシャボンディ諸島の景色に、「幻想的」だと、冒頭の声が思わず出た。



「キャプテンから今日は安静って聞いているから、上陸は勧めないけど甲板で日光浴でもしたらどうかな?」

食器を受け取りながらコックさんが、常温の麦茶を手渡してくれる。冷たくもなく熱くもなくて、今の私にはちょうど良かった。


いつもなら上陸中の食事は各自用意する手筈なのだけど、コックさんが船番を買ってでてくれたらしい。
きっと私の食事を気にかけて残ってくれたのだと思うと、またもや胸が熱くなって気持ちがこみ上げる。

この船の人たちは、心が温かい人ばかりで好き。



飲み物をありがたく受け取り、お気に入りのフライトキャップを片手に甲板へ続く扉を開く。

そう言えば、この船に乗ってから空を飛ぶこともなかったから、しばらくこの帽子もご無沙汰にしてたなあ。と思いながら日差しも暖かなので髪留めの代わりに帽子をかぶった。



42と番号が書かれたヤルキマンマングローブの太い幹が天に昇り、地面からは次々とシャボン玉が下から上にフワフワと発生しては天に登る光景が目の前一杯に広がった。

「綺麗…」


甲板の欄干から足を放り出して座り込んで、岸に向かって足をブラブラさせる。
次々と浮き上がっては太陽の光を反射しながら登っていくシャボンの幻想的な景色は、ついつい見惚れてしまうほど美しい。


一日中見ていられそうと思うも、お昼前のポカポカとした陽気と、程よい冷気を持った海風に心地よくなってきて、まぶたが徐々に重くなり微睡みの気配が身を包み始めた。


そのまま無抵抗にパタリと上半身を床に倒す。
甲板に背中をつけると、青く澄み渡る空にシャボン玉がふわふわと昇って行く様が視界いっぱいに広がる。


このまま寝ようか、それとも意外と風が冷たいから何かブランケットを持ってこようかなと、空とシャボン玉を見ながら、うつらうつら目を閉じようとした……


その時、ドン!と空気を震わせる音がしたと思うと、目の前の海面から水柱が立つ。


「なになに?!ッ、痛ったーーー!!」

弾けた水飛沫を浴びながら驚いて上体を起こすと欄干におでこを強かにぶつけた。

涙目になりながら水飛沫が上がった方向を見ると、どう見てもゴロツキの類が対岸からそれぞれの武器を持って此方を狙っている。
そのうちの1人が肩に抱えているのはバスーカだった。


「アグリーダックだ!!!」

……またか!と正直に、げっそりした。

毎度の事ながら良く見つけ出すよ。いつもながら賞金稼ぎには感心する。


停泊している船を見つけて、人手が減っている船に賞金首いたら集団で襲撃する。
さらに船の積荷を奪い取る事が出来るから……、なるほど停泊している船は確かに狙い所かも。
そう考えれば偶々、私みたいなちんけで手頃な賞金首が見つかることもおかしくない。


……なんて悠長な事は言っていられない。

バズーカなんて船に当てられたら、たまったものじゃないじゃない!
しかも、私のせいで船を損傷させたなんてハートの海賊団の皆さんに顔向けできない。


今はとにかく船から距離を取らなきゃと、慌てて煤竹色の翼で空へ飛び上がった。


「ショウトちゃん!キャプテンは多分今20番台の地区だ!合流しな!あっちに真っ直ぐだ!俺から連絡しておくから!!」


急に投げ込まれたアドバイスは、ドアの付近で麦茶のグラスを片手に持ったコックさんが指差しながら叫んだものだった。

一緒に景色を見ようと甲板に出てきてくれたみたい。こんな襲撃さえ受けなければ一緒にこの素敵な景色を楽しめたのに、と心底恨めしい。


船を標的にされないように、態と賞金稼ぎの近くを飛び、注意をこちらに引きつける。
ざっと7人。賞金稼ぎにしては徒党を組んでいるようにも感じる。


「ここは海軍本部が近い!あまり上空を飛んで海軍の注意を引かないようにね!」

少し遠くなったポーラータング号の甲板からコックさんの声が聞こえて、わかりました!と叫ぶ様に返事を返す。


お腹が空いているのに、病み上がりなのに!
文句を言いたくなるけど、そんなのは相手にとって関係ない事。
理不尽さに熱くなる気持ちを落ち着ける為に、息を細く吐いた。


威嚇程度に神経毒を持った羽根のナイフを3本作り出し、賞金稼ぎ達に振り向きざまに投げつける。

もちろん初手は躱される事は想定済みで、前に向き直りながら、左手を後ろから前に糸を引っ張る様に力を入れる。


「ぐわっ!」

手に伝わる確かな手応えと、男の呻き声が、
躱されたナイフの一本が宙で戻ってきて男に刺さったことを暗に示した。

後の2本は弾かれてしまったらしい。あと、6人。




「邪魔っくさいな…!」

先程から低空を飛び続けるも、地面から湧いてくるシャボン玉が想像以上に行く手を阻む。

もっとスピードを出して飛べれば一気に撒けるのに、歯がゆくて仕方ない。
突っ込んで割ってしまおうかとも考えたが、試しに足をかけてみたところ、思わぬ弾力に弾かれそうになってしまった。


さっきはあれ程綺麗に見えていたのに、今は邪魔にしか思えないなんて、なんて自分勝手なんだろう。
それに言葉遣いも自然と悪くなっている。


先ほど反省した品性とは何だったのか。
悲しくなるけど、状況が状況だから仕様がないと都合よく解釈して自分を奮い立たせる。


たまに打ち込まれる砲弾を躱し、爆発する前に羽毛でクッションを作って勢いを殺す。
すぐに砲弾に羽を生やして追っ手に向かい投げつけた。


よけろー!と後ろから声が聞こえる。
あと5人。


一体、あと何回このやり取りするんだろうと、心底うんざりしながら手元にまたナイフを生成した。

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