小説 | ナノ


02

深夜まで医学書を読み耽ていたことに気づいた時には、雷の音がだいぶ近くにまで迫っていた。


次の島は気圧の変化が急激で年中雷が多い島だ。

島の気候の海域に入ると雨風で船が揺れるかもしれないと確かベポが言っていたな。と窓の外を叩きつける雨を見ながら思い出す。


雨風が窓を叩きつける音がかなり大きく、今から寝るにも雷や雨音で眠れないだろうと判断してコーヒを飲もうと食堂に向かうと、廊下に明かりが漏れている。


誰か消し忘れたか…?とドアに手をかけた瞬間、一際大きな雷鳴が鳴り響き船が少し揺れた。


船に落ちたか。訝しむが、この船は潜水艦という特性上金属で出来ている。
その為落雷の電気は海に放電され故障の心配は無い。


とは言ってもエンジンなどの動力部分に損傷がないかどうかは確認しておいたほうがいいだろうと思う中、遠くでパタパタと動力室に足早に向かう足音が聞こえた。
誰か確認に行ったんだろう。


自分もコーヒーを飲んだら、報告を受けがてらすぐ確認に行こうと気を取り直して食堂のドアを開ける。



また雷光が部屋を照らしたのを感じると、
台所の流しの前に立つ羽根屋が左手に何かを掲げているのが目に入った。



雷の閃光を受けた刹那青白く光ったそれが、血に濡れたナイフだということ、今まさに自身に振り下ろそうとされていることを直感的に察知したおれは、静止を叫びながら慌てて駆け寄り羽根屋の腕を掴んだ。



ガクガクと震える羽根屋の視線は一点に定まらず、一目で錯乱状態に陥っていることがわかった。
一体何が彼女をこんな状態にした。


「おい、どうした?!」
「……っ!やめて、離して!来ないで!」


震える声で言葉を発する羽根屋の目は大きく開いているが此方を見ていない。
腕を振って拘束を解こうとする羽根屋の手からナイフを叩き落とすと、金属音が床に響いた。



羽根屋が履いているクロップドパンツの左足からは、血が真っ赤に滲んで流れ落ち、ふくらはぎを伝って床に点々と滲みを落としている。


あの場所は確か刺青のあった場合じゃねェか?
そう咄嗟に傷の箇所を視線で確認しながら記憶を掘り起こすが、今はそれどころではない。


「おい!おい!聞こえているのか!」


肩を掴み視線を合わせようとするが、羽根屋は歯をガチガチと鳴らしながら両手を口元に合わせて息を切らすだけだった。瞬きの回数が著しく減った彼女の瞳は、恐慌に染まった色で何も映さないまま一点を見続けている。



「羽根屋!」


今度は身体を屈めて彼女の顔の前で声をかけるが、徐々に呼吸が荒くなり過呼吸を起こし始める。


酷いパニック状態に舌打ちをしながら、羽根屋の背中に手を回し掻き抱く。今まで反応の無かった彼女の身体がビクリと大きく揺れ、おれの肩を両手で押し戻して叫びながらなりふり構わぬ抵抗を始めた。


「やめて!やめて!ごめんなさい!ごめんなさい!許して!お願いだからやめて!」


涙を流して髪が乱れることも構わず、声を荒げて抵抗をする羽根屋を押さえつけながら、何度も声をかけては背中をさする。


あの嬉しそうに笑った顔が、錯乱するほどの恐怖に変えられてしまう程の何か。
まさか。とよぎった考えと、抱きしめた時に首元にあたる、羽根屋の真っ青に冷たい頬が不穏さを煽った。


「ゆっくり息を吐け。……そうだ、息を吐く事に集中しろ」


荒く息をする羽根屋の背中を根気よく手のひらでゆっくりさすると徐々に息が落ち着いて強張っていた身体の力が少しずつ抜けてきた。



「……雷の日も、飛ぶから…飛べるから……もう、やめて……許して……」


涙を零しながら消え入るような声でそう呟いた後、意識を手放した。倒れてきた彼女の身体を抱きとめる。

嫌な胸騒ぎが汗となって背中を伝った。

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