小説 | ナノ


1.ある日、森の中 01

それは、本当に偶然だったと思う。


夕飯に使う卵がない事に気づいて、
夕暮れ前に街へ買い物に行こうと借り暮らしにしている森の中の小屋を足早に出たところだった。


視界の端に、白とオレンジのおよそ森にはない色をした大きな塊を捉えて、何となく興味を惹かれたので近づいてみたことが全ての始まりだった。




−−−熊?

大きなオレンジと白い塊とは
ところどころ怪我をして木に背中を預けながら気を失っている、オレンジ色のツナギを着た熊だった。


−−−なんで、こんなに怪我しているんだろう…。


そう思いながら、
ショウトが白熊の手元にふと視線を落としたところ、凡その合点がいった。


白熊が手に持っているのは、
この島に来たのは最近なので詳しくは知らないが、この辺でしか取れない珍しい薬草のようで、それを一握りほどしっかり掴んでいる。



顔を上に向けると、高さのある崖が続いている。
この薬草は崖のような切り立った場所に生えており、この島でも採取できる人物が限られていた筈だ。


おおかた、この薬草を取ろうと崖に登ったところ運悪く落ちてしまったのだろう。



何でまた熊が薬草を必要としているのか。というか、熊はつなぎなどの服を着るものだったのか。
色々な疑問が頭をよぎったが、まず最初に出てきた言葉は、「かわいそうに…」だった。



この広いグランドラインの中で、自分の常識の範疇の外の出来事は往々にしてある事だ。
服を着た熊が薬草を必要とする事も、もしかしたらあるかもしれない。一々あれやこれやを気にしていても仕様がない事かもしれない。


まだこの海のことを本当の意味で知らないショウトにとっては、何が普通で何が異常なのか判断もつかなかった。
ただ、目の前に傷ついた熊がいて、自分がそこに居合わせたという事だけは確かだった。




ショウトが可哀想にと、そっと白熊のふわふわの頬を撫でたところ僅かながら白熊が身動ぎをした。

ぐずぐずしていたら日も暮れてしまう。
今日の夕飯に卵を使うことは諦めて、この子の手当てをしよう。



何故そう思ったのかは自分でもわからなかったが、何かに心を突き動かされる様にそう決めてショウトは能力を使い白熊の背中に灰色の翼を生やす。


大した手当はできないが、どうしてもこの傷ついた熊を放っては置けなかった。


「じっとしててね」

そう一言かけて、ショウトは生やした翼を羽ばたかせて白熊を浮かべると、今しがた出てきた小屋へ白熊を慎重に運びだした。


自分から何かと関わりを保とうとするなんて、一体いつぶりだろう。
きっと昔聞いたことのある歌の所為だとショウトは頭の隅でメロディを思い出していた。



−−−ある日、森の中。クマさんに、出会った。



それは優しくも懐かしい女性の声で、ショウトの頭の奥に柔らかく響いていた。


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