小説 | ナノ


11.土の中で待て 01

「…これは、ヤバいかも」

天気のいい午後に甲板でベポちゃんにブラッシングをしていた時、頭を締め付ける様なズキンとした痛みを感じた。


「ベポちゃん、今日からって潜水できないんだっけ?」


ブラッシングする手を止めずに、気持ちよく微睡んでカクンカクンと船を漕いているベポちゃんに問いかける。


「んんん…そうだよー。もう次の島が近いのと、ここから海底が浅い海みたいだからいつもみたいに潜水したら岩場に船底をぶつけちゃう」


眠そうに答えるベポちゃんだが、内容はとてもしっかりしている。流石ハートの海賊団の航海士。伊達にグランドラインを渡ってきている訳じゃない。可愛いだけじゃないなんて凄い。

ショウトはベポの事をなんでも褒めすぎだとシャチに指摘されたことがあったけれど、だって可愛いんだもん。仕方ない。


「じゃあ帆は畳んだ方が良いかも」
「なんで?」


目をこすりながら不思議そうにこちらを振り向いた。私は痛むこめかみを人差し指で揉む。


「気圧が急に下がって来ているから時化るんじゃないかなって思う、多分だけど」


気圧が急に下がると決まって頭が締め付けられる様な痛みを感じる。自律神経の乱れ云々と書いたことがあるが詳しいことはイマイチ私もよく分かっていない。

ベポちゃんはスンスンと鼻を鳴らし何かの匂いを嗅ぐような仕草をした。


「…そうだね。少し風向きと風の匂いが変わったかも。ショウト良く気づいたね!」
「気圧が落ちると何故か体調悪くなるから…」
「少し顔色悪い?キャプテンに薬もらう?」
「ううん、少し寝るね」
「大丈夫?」


締め付けられる様な頭痛は治らず、これから酷くなって来そうな感覚さえする。

ベポちゃんのブラッシングはここまでにして、部屋で仮眠を取った方が良さそう。
心配そうに見つめてくるベポちゃんの頭を撫でながら、お仕事頑張ってね。と、今や自室のように使わせてもらっている医務室へ足取り重く向かった。





*******





ゴロゴロとした音と、突然の吐き気に目が覚めた。



何かを考える前に、込み上げてくる胃液を抑えながらベッドから飛び起きると部屋の外にある共同のトイレへと一目散に駆け込む。


「うっ…え……」



部屋の暗さから言って、今はもう夜みたい。
時間の感覚を取り戻そうとした時、またゴロゴロとした音が聞こえたかと思うと青白い光が部屋を覆い尽くした。


その瞬間にまたせり上がって来た胃の中身を先程と同じくトイレに流した。


頭の遠くで不協和音に似た声がザワザワと聞こえる。
嫌だ、何を話しているかなんて聞きたくない。



衝動的に耳を塞いで目を閉じるも、
雷の音で下品な薄笑いを浮かべたあの男がフラッシュバックした瞬間、またグッとお腹が痙攣してどうしようもない吐き気が込み上げてくる。



雷の日は嫌いだ

あの男がやってきて、酷いことをする。



青白い雷の光と音に身体が震えるたびに、身体が反射的に拒絶反応を起こす。

胃の中がひっくり返りそうな程の不快感。
冷や汗が背中を伝うのさえ不愉快に感じる。


首元で揺れるネックレスに縋るような気持ちでギュッと握りしめるけれど、込み上げてくる嘔吐感は治らない。



「…はぁ、ぁ」



胃の中のものを全て吐き切り、喉を傷つけたのか血が混じってきた頃、雷がやんでいることに気づいた時には絶えず波のように襲ってきていた吐き気が落ち着いてきた。


息を切らしながら、顔を上げると貧血を起こしたかのように目の前が暗くチカチカとした。
額が汗でぐっしょりとして、濡れた髪が頬に張り付いていることが気持ち悪い。



口の中が気持ち悪いと思い、キッチンに行って水をもらおうと覚束ない足取りで食堂を目指した。
暗い廊下の窓には、暗雲立ち込める雲から大粒の雨が叩きつけている。


早く寝よう。そして忘れようと思いながら、食堂のドアを開けて灯をともした。


水を一杯飲み干すと、喉にチリチリとした痛みを感じる。
一息ついたと思った瞬間またゴロゴロと音が鳴り出し、マズイと思った時に食堂の窓から稲妻が走ったのが見えた。






ーー雷の日は、飛べないだろう?





背筋に冷たい切っ先を当てられたような気がした。



先程は遠く聞こえていた不協和音がどんどん耳元に近づいてきている感覚に陥り目眩がしてきた。


思わずキッチンのシンクに今しがた飲んだ水を吐き戻してしまった。
バタバタバタと水がシンクに跳ねる。

喉の痛みと吐くことへの負担から自然と涙が零れ落ちた。



−やめて!
−−やめて!!



ごちゃごちゃとした宝石の指輪をいくつもつけた下品な手に押さえつけられた時の感覚が手首に蘇り、全身が総毛立つ。





今までで一番大きな稲妻が轟音とともに走った瞬間、


自分の左の太腿にある仮面が笑った。

 


そう感じた瞬間、頭が真っ白になった。



私は手の内に鋭いナイフを生成し、仮面めがけてナイフを突き刺した。

痛みを感じる事よりも、
仮面の笑い声が頭に鳴り響くのをどうにかして止めなければ。

鳴り止まない笑い声をどうにやめさせたくて、またナイフを振り上げた時、雷鳴が轟いた気がした。



「やめねェか!!!」


聞き覚えのある声にナイフを持った腕を抑えられてからは、意識が暗転して何も覚えていない。
ただ仄かに甘く香る、爽やかな薬草と消毒液の微かな香りがした。

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