小説 | ナノ


4.The place where lost things 01

幾日か経ち彼女の容態も少しずつ安定してきた深夜、ローは急な容態の変化に備えて定期的に行なっている彼女のバイタルサインの確認の為に医務室のドアを静かに開けた。


「……、眠れねェのか」
ドアを開けると想定外にも彼女はベッド脇の明かりを小さく点けて、上体を起こして窓の外を見ていた。

今は潜水中なので敵襲を恐れる必要もそれ程無く、まして彼女がこの船上で自分の寝首を掻かれることを警戒する様子も今まで無かった。

それでもこの様な時間まで眠る様子がないのは、怪我の痛みがぶり返して眠れないのかもしれないと鎮痛剤を取り出そうと棚の扉を開けたところで、彼女がローに顔を向けた。


「こんな夜更けにまで、いつもありがとうございます。海中の生き物を見ていたら、物珍しくてつい見入ってしまいました」

棚を探していた手が止まる。
痛みで起きていたわけでは無く、こんな時間に潜水中の景色に見惚れていたと言うのかと呆れ混じりに小さな嘆息がこぼれた。


確かに能力者にとって海に潜ることは叶わぬことだし、深度が深ければ常人には中々見る事のない風景だろう。しかし深夜、眠らずに見惚れるほどの興味を持つものがこの海中にあるのだろうか。


また窓に視線を戻して海中に目を凝らす彼女の口許はその興味からか僅かに上がっている。自分には理解できないが、余程面白いのだろう。ただ、体力回復を最優先に考えるのならば早く寝て欲しいのが本音である。


脈拍や血圧などを確認した後、ともかく早く寝ろと彼女への注意を口にする前に、窓の外を眺めていた彼女が静かに口を開いた。

「…海の生物を見るのも楽しいのですが、やはり寝付けなくて…少しだけ私のお話を聞いてくださいませんか」

真っ直ぐ此方を見つめる彼女の吸い込まれそうな漆黒の瞳に、彼女が眠気など少しも感じていない様子を感じ取る。


ロー自身も普段夜中まで起きている事が多い為、眠気を感じるにはまだ遠い。


ライトに照らされて揺れる黒い双眸に、あの手配書に見た陰影を見た気がした。


その瞳の危うさと、何でも良いから早く睡眠をとって欲しいと思った事。ただそれだけの事であるが医務室の椅子に腰掛け、話してみろと視線で促した。


彼女は首にかけてあった黒い羽根の入った小瓶をギュッと握った後、静かに口を開いた。



「…恐らく私は戦争孤児だったのだと思うのですが、大体3歳の頃海軍のお兄さんに拾われ、そのままノースブルーの島にある教会の孤児院に保護されました」


思わぬところで同郷であることが露見した彼女が話し出したのは自分の来歴についてだった。
手配書とペンギンからの情報で、彼女がマフィアに所属し裏取引を担っていたことは知っているが詳しい事情は何も知らなかった。


「それから8歳の頃にマフィアに連れ去られて以降18歳まで闇取引に関わり、主に武器や兵器の密輸、機密事項の伝達も担ったこともあります。

…麻薬や人身売買は幸いな事なのか…組織自体が得意な分野では無かったようで携わっては来ませんでした。だから、お渡しできる情報も偏っちゃうんですけど…」
「生憎、その分野にはこっちも興味ねェな」


想像以上に幼い頃からマフィアに所属してきたことに僅かながらローの片眉が上がる。奇しくもローもドフラミンゴファミリーに所属したのは10歳という幼少の頃だった。


然程変わらない年齢で陰惨な道を歩まざるを得なかったお互いの境遇に、共感はしないまでも何も感じない訳ではなかった。


申し訳なさそうに伝えてきた彼女がホッと一息ついた後、ローから視線落とし、握ったままのネックレスに視線を落とした。


「私が武器や兵器を持ち込んだことで、自分と同じ様な境遇の子どもたちを増やしてしまいました。
私自身も戦争の跡地に気づいたら1人でいましたので、正直自分の年齢も曖昧です」


自嘲する様な笑みを浮かべているが、小瓶を握る拳は関節が白くなるほど握り締められている。


怪我をしたベポを心配して考えも無しに海賊船へ送り届けるくらいのお人好しだ。自分が生きるためとは言え、自分のしてきた事に自責の念を重く感じてるのだろう。

彼女の白い手は静かに震えている。


「18歳でマフィアから抜け出した後、今日までの4年間は逃亡生活をしていました。
今までも追っ手はあったけど、なんとか退けてきたのですが…あんなに強い類は初めてでした。助けて頂いてありがとうございます」
「礼ならお前にはもう何度も言われた」


毎回治療をする度に彼女からは律儀にも礼を伝えられていた。こちらが何かするたびに飽きもせず何度も繰り返して礼を言うものだから、もう言わなくていいと先日言ったばかりだ。

そうでしたね、と笑いながら返事をした彼女はハッとした顔をして慌てて言葉を続けた。


「一番最初に海軍のお兄さんに保護されたと言いましたが、決して海軍と繋がりがあるわけでは無いんです。孤児院にいた時は年に一度、私の誕生日の頃に会いにきてくれていましたが…お兄さんとはある日から会えていませんし、連絡もしていません」

「もし海軍と繋がりが持てていたのなら、お前が10年もマフィアにいた事も、今まで逃亡を続ける事も無かっただろうな」


ローの端的な回答に瞠目した後、そうですね。と落ち込んだ様子で答える。

海賊船に乗る自分が海兵との繋がりを示唆する過去を露見させたことで、警戒されると思ったのか慌てて説明し始めたが、こちらは何も心配などしていなかった。


むしろ、せめて助けを求める手立てが多少なりとも有ったのなら、彼女の人生は少しでも変わっていただろう。



手配書の年齢からしてみても、彼女がマフィアから逃げ出した時にはその首に賞金が掛けられていた筈だ。その彼女が逃亡先に海軍を頼れるはずもなかったことは想像に容易い。

陽の当たらない場所で生きてきた人間は、結局陽の当たらない場所でしか生きていけない。



暫くの沈黙が続いた後、彼女がふぅと細く長く息を吐き出す声が部屋に響いた。
ニッコリとした笑顔を見せた時には、いつもと変わらぬ光が眼に宿っていた。


「長々と引き留めて申し訳ありませんでした。
聴いてくださってありがとうございます」
「…早く寝ろ、怪我の治りに響く」
「はい、ゆっくり眠れそうです」


席を立ち座っていた椅子を元の位置に戻す。
医務室を出ながら視線だけで彼女を振り返り、今度こそ早く寝るように注意をした。


扉を閉めた数秒後、医務室の中で明かりを消す音した。漸く眠る気になったかと船長室に続く廊下を歩きながら、思わぬところで聞いてしまった彼女の境遇について人知れず思慮する。



コツコツと一定の足音を響かせながら、ローは未だ遠い自らの眠りの気配と、潜水艦が静かにたてる機械音に耳を澄ませた。

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -