小説 | ナノ


9. スパンコールを集めて 01

最近羽根屋の様子がおかしいらしい。
そうペンギンから報告を受けたのは2,3日前だった。


調理では指を切り、甲板掃除ではバケツをひっくり返し、ロープに足を引っ掛けて転んだ拍子に棚を倒したり……他にも色々な失敗をしている様だ。
一つ一つは小さなドジかもしれないが、毎日彼方此方で同じ人間が行うには多すぎた。


どこかのドジっ子じゃねェんだから…懐かしいあの人と過ごした優しい日々を思い出し、思わず口元が緩むことを隠す様に、細く息を吐く。



ドジだけなら本人の元々の性質で済む話かもしれない。そもそも彼女はよく躓く不注意な節がある。


だが、最近の羽根屋はドジに加えて、放心したように食堂のカウンターか、医務室でボーッと海面を見ていることが多いそうだ。



あの晩踊っていた羽根屋が呟いた「しっくり来なくなった」と言うのが、何か関係しているのかと直感めいた確信が頭を過ぎる。



しかし、態々こちらから根掘り葉掘り聞く必要も感じなかった為、今まで、そのままにしておいた。





そんな羽根屋が船長室を訪ねたのは、ほんの数刻前のこと。

神妙な顔つきで、お願いがあります。と切り出してきた。



ソファーに座る俺の前に、切羽詰まった顔をしながらズンズンと歩み寄り、開口一番こう言い放った。



「私の心臓を抜き取って下さい……!!」
「……はァ?」



勢いよく頭を下げながら懇願する羽根屋の真意が分からない。



一体何がどうなって心臓を抜き取れなどと言い出した。
別にお前に対して何も脅威など感じてもいないのに。



奇妙な事を夜な夜な行なっているというクルーの噂話を聞いて不信感を抱きはしたが、それも違う事が分かったばかりだ。



戦闘力でおれに敵うはずもなく、気も漫ろにドジばかり繰り返す羽根屋がどうしてこの船の脅威になり得るのか。




つまるところ、
心臓を抜き取る必要性が、まるで無い。




「必要ねェ」
「必要なんです」
「やる意味がない」
「やりたい事があります」
「おれに関係ねェだろ」
「はい。でも、お願いします」
「……、くどい」



馬鹿なことを言うんじゃねェときっぱりと断る。


それなのに、羽根屋は珍しくもしつこく食い下がってきた。
こんなに頑固な女だったか?と、その諦めの悪さに訝しげに思う。



「何でも言う事を聞きます。どうか、お願いします。私の心臓を抜き取って下さい」
「海賊相手に、なんでも言うことを聞くと言う意味がわかってんのか?」
「はい、命でもなんでも差し上げます」



本人はやりたい事があると言うが、それが何なのかは分からない。
恐らく聞いたところで答えないだろうし、
聞くという事自体が心臓を抜き取って欲しい等と訳のわからない事を言う、羽根屋の願いを肯定しかねない。



しかし真っ直ぐにこちらを見つめる目に、相当な覚悟の上で言っているという事だけは分かった。



こちらを見つめる目の奥に、隠しきれない必死さと焦燥が見て取れる。
こんなに切羽詰まった表情をする羽根屋を見るのは初めてだ。


本人も理に敵わない強情なことを言っている自覚はあるのだろう。
だからこそおれに何とか承諾を得ようと、手が白む程握りしめて不安そうな顔をしながらも躍起になっている。



普段こちらに要求などしない彼女が、こうまで言ってくる訳が知りたかった。




しかし内容が内容だ。
自分の命に関わることを自ら望む意味も分からねェ。



拒否するつもりで手元にあった本の続きを読み始めようとしたところ、本に翼が生えて羽根屋の手元に飛んで行ってしまった。



非難の視線で羽根屋をキツく睨み付けると、羽根屋もグッと唇をへの字に結びながら一歩も譲りたくないと意思の篭った目で見つめ返してきた。

その瞳にはうっすらと涙まで溜めて、室内に差し込む日の光を受けてキラキラと輝いている。



それを場違いにも美しいと思ってしまったおれは、羽根屋の瞳に宿る決意の強さや、彼女の諦めの悪さを知りたくもないのに窺い知ってしまった。


そしてこちらが折れる事でしか、この話はもう埒が明かないと、諦めの色濃い嘆息が漏れ部屋に響いた。


「……忘れんじゃねェぞ」
「…!はい、ありがとうございます」


承諾の意を汲み取った羽根屋がホッと胸を撫で下ろした時に、今まで目に留まっていた涙が一粒、まるで太陽の光を纏うように輝きを放って床に落ちた。



慌てて涙を手の甲で拭き取り、笑顔で誤魔化すが、そこまで心臓を抜き取って欲しいのかと改めて呆れる。




ソファーの端に座った羽根屋の隣におれも腰掛け、気を楽にしろと声をかけた。


ゴクリと喉を鳴らし小さく羽根屋が頷いたことを確認して、淡い青色の膜で包む。




「"メス"」




瞬時、おれの手の内に脈打つ羽根屋の心臓を摘出した。




それを羽根屋に見せると、恐る恐ると言った様子で彼女は自分の心臓へと震える手を伸ばしてくる。




そのまま彼女の掌の上に心臓を手渡した時、不意に見せた羽根屋の表情にゾッとした。







感銘、恍惚、怡悦




自分の心臓が動いていることに、自分の生を感じている。



そう直感的に、理解した。






心臓を取られた者はすべからく皆、死への恐怖に恐れ慄く。





しかし、羽根屋は全くの逆だった。




心臓を取られた事で、
鼓動する自分の心臓を目の当たりにする事で、
生への実感に触れようとしている。





まさにそう感じさせる表情で、じっと自分の心臓を凝視している。





しばし心臓を見つめていた羽根屋だったが、何を思ったか心臓をギュッと思い切り握りしめた。



「ーーうっ、ぐ…っ…」
「当たり前だ!バカ!」



途端に息が詰まった様に苦しみだした羽根屋の心臓を、思わず彼女の手から取り上げた。



取り出した心臓に外的な刺激が与えられればダイレクトに自分自身への痛みになる上に、仮に自分の心臓を握り潰せば、そのまま死に至る。




「本当に、私の心臓だ…」


息を切らせながら、嬉しそうに呟く羽根屋の目には、いつもの眩い輝きではなく、何処と無い狂気を纏った光を宿していた。




あの花が綻ぶように笑う羽根屋が、
こんな表情をする程に何かに何かに追い詰められている。




「ありがとうございます。やりたい事が出来そうです」
「おい」



そう言いながらあっけらかんと羽根屋は立ち上がった。

おれは手に持ったままの羽根屋の心臓を彼女に返そうとするが、やんわりと白い手で押し返された。



「明日取りに伺いますので、それまで持っていてくれませんか。私が持っていると、握り潰してしまいそうで……お願いします」

「おれが握り潰さないとでも、思ってんのか」

「この状況を与えて下さったローさんに殺されるなら、それでも良いです」



そこまで買いかぶられても困ると言いたかった。

だが羽根屋の様子を見ていると、自分で握り潰しそうと本人が言うのも、強ち嘘ではない様に見えてしまい内心舌打ちをする。



「……おれの手をここまで煩わせるんだ。後でキッチリ説明すんだろうな?」
「…はい」



ニコニコと朗らかな表情で答える羽根屋に、先ほど垣間見えた狂気は感じられない。


そのまま一礼とともにパタンと扉を閉めて部屋を出て行った羽根屋に、俺は深く長い、長いため息をついた。






遠慮がちな奴だと思っていたが、逆だ。
とんでもねェ我儘を言いやがる。




何かに追い詰められているのは良く分かったが、解決するためのやり口が極端過ぎだ。



芯が強いんだか頑固なんだか分からない。



呆れを通り越していっそ清々しいんじゃねェか。と嘲笑し、
引き出しの中から一つの宝箱を取り出すと、そっと鍵を開けた。


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