小説 | ナノ


03

「どうしよう、女の子泣かせちゃった」

半分ほど減ったお粥の容器がのったトレイを持ちながら食堂に戻って来たシャチが開口一番にペンギンに泣きついた。

「お前が何か乱暴なことしたからじゃないのか?」
「ちげぇよ!怪我してて身体が動かせないから食事しにくいと思って、起こして食べさせてやっただけだよ!」
「…変な所触ったりした?」
「ベポまで!!」

裏切り者ー!と言われながらシャチに詰め寄られているベポを見て、そう言うお前も重症のショウトの意識が戻ったことに感激して抱き着き、失神させただろとペンギンは内心呆れる。

あの騒ぎを聞きつけてペンギンが駆けつけた時には、普段ベポには甘いキャプテンが珍しくも、取引の相手だとか、そもそも重症の患者だいう事だとか口酸っぱく注意していて、ベポもすいません…と縮こまって反省の意を示していた所だった。


シャチが怖がらせるようなことをしていないとすれば、一体何故彼女は泣いたのか。
不思議に思いながら、ベポに絡んでいるシャチがおそらくすっかり忘れているだろう、机に置かれたままの残ったお粥のトレイを持ち上げる。
そのままキッチンにいる調理担当のコックへ渡すと、ペンギンはこれ以上余計に絡まれることのないように静かに食堂を後にした。



*******


「ショウト、入るよー」
ペンギンとベポとの2人で医務室へ向かい、ベポがドアをノックしながら扉を開ける。
本来なら彼女の介助はペンギン1人でも出来るのだが、ベポが彼女を何かと気にかけているので2人で部屋を訪れることにした。

随分懐いたもんだと、内心彼女に関心する。


ミンク族であるが故に好奇の目に晒されることも多いベポがこうも短期間でここまで懐くのは、ショウトの人柄の成せる事なのだろう。彼女の人柄はまだ分からぬまでも、ベポのお気に入りとなった彼女はある程度信頼の置ける人物なのかもしれない。そうペンギンは内心評価を下す。

病室の扉を開けると、入ってきたベポの姿を見つけた彼女は怪我した体を横たえながら、パァと表情を一気に明るくした。

「ベポちゃん!来てくれて、嬉しい!」

ベポと同じく、随分とこの白熊に懐いている様子の彼女とそれを喜ぶベポの姿を微笑ましく思いながら、ペンギンは彼女に一言声をかけて背中を起こした。

「ペンギンさん、ですよね?
あの、初めまして。ショウトと言います。この船で治療してくださり、ご迷惑おかけします」

「キャプテンが決めた事だから、俺たちはそれに従うだけだ。気にしないでくれ」


ありがとうとは、言わないんだな。と瞬間ペンギンは思った。
ご迷惑をおかけします。この一言に込められた意味が、何となく彼女が自分自身に価値を見出していない様な言い方に聞こえて引っかかる。

隣でベポが、気にしないでよ!と力一杯声ショウトに声をかける。それでもショウトはゆっくりかぶりを振って、目を細めた。


「…人望厚い船長に治療して頂ける事、
クルーの方々にまでご厄介になる事…
見ず知らずの身の私なんかに、こんなに手厚くしていただいて…、嬉しいです。…ありがとう、ございます」

話しているうちに感極まった様で最後の言葉の頃には、声が滲んでいた。

思わぬ丁寧な謝辞にベポと顔を見合わせる。シャチが言っていた女の子を泣かせちまった、という言葉が思わず頭を過ぎった。


「俺だってショウトに助けられたんだからさ!」
「あの…こんなに優しくしてもらえると嬉しくて、つい…ごめんなさい」

慌てて慰めるベポにショウトは泣き笑いのような表情で答えている。
ペンギンは内心首を傾げた。
治療に必要な分を必要なだけ行っているだけで相手を感涙させる程手厚く対応した記憶はない。


それでも、動物の感性に優れるベポがこうも心を許して接していることも含めて、彼女が嬉しいと涙ながらに喜んでいる事はどうにも嘘や作り物には思えなかった。

海賊という立場であるが故に、涙を流す女が全て本当の意味で涙を流している訳じゃないと言うのも知っている。
泣いて助けを求めた奴が裏で海軍と繋がっていたり、泣いて許しを請う奴に罠に嵌められることは日常茶飯事だ。

涙なんかとうに見慣れているペンギンだが、殆ど直感の域を出ないにしてもショウトの涙には真実味を感じていた。


「…参ったな」
これではシャチを揶揄う事も出来ないではないか、と同じ境遇に立ってしまったペンギンは帽子の上から頭を掻きながら小さく呟いた。


与えられる心遣いに感謝して涙を流して喜ぶ彼女を見ると、一体どの様な寂しい思いをしてきたのかと思うと同時に、感情移入をし過ぎだと自分を諌める。

−−参ったな。
もう一度、ペンギンは頭の中で呟いた。
何度自分に言い聞かせるも、目の前で涙ながらに笑う彼女がどうにも警戒すべき人物にはどうしても見えなかったからだ。


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