小説 | ナノ


02

羽根屋の歩き方は少し変わっている。

一番の特徴と言えば、姿勢だ。背中がスッと伸びていて腰から大股で歩く姿はどこか優美だ。若干外股で歩く癖もその姿勢のせいかガラが悪く見えることはない。


前にベポが羽根屋の歩いた後には花が咲くようだと褒めていたことがあったが、船を降りて街に向かう道中を上機嫌に歩く足取りには確かにそう感じさせるものがあるかもしれない。
…だが、


「いてっ」
「…羽根屋、少し気をつけて歩け」


先程からガクッと足首を外側に捻って転びそうになる事が続いている。捻挫したり転倒したりする程では無いが、何故何も無いところで捻りそうになっているんだ。
杖をついているが前の島で負った足の怪我の経過は決して悪く無い筈だ。


「歩くのが下手で」

なんだその有り得ない言い訳は。そう思いながら、苦笑する羽根屋を見下ろす。

人類皆、基本は二足歩行であるのに、歩くことが下手などあり得るのかと絶句した。しかしそれと同時に思い出したのは色褪せる事なく記憶に残り続ける、大好きなあの人の姿だ。彼も確かによく転んでいた。


ドジっ子な彼の様に盛大に転んではいないにしても不安定なその歩みにため息をついた時、彼女の足首の怪我を思い出す。
ドジで転んでいるのではなく、今までの環境により挫き易くなってしまったのだろうか。



そこまで思い至り、ローは思考を区切る。
かつて妹にしたように、転ばぬように手を取る程の距離感は、二人の間には無い。


彼女が何度も転びそうになる理由をいくら考えようとも答え合わせはできないし、今自分に出来ることといえば注意して歩くよう促すことだけだ。





*******




朝食を食べたばかりでお腹もいっぱいだったのでどこかのお店に立ち寄ることになった。ローさんから行きたい先の希望を聞かれたけれど、特になかったので、緩く首を左右に振る。

ローさんは僅かに眉間に皺を寄せながら私を見下ろして逡巡する様子を見せたが、それなら医学書をみたいと本屋に向かう事になった。





彼につられて本屋に立ち入ると、本屋独特のわずかに紙の湿った匂いが鼻孔を掠める。


色んな種類の本がたくさんの棚に種類ごとに綺麗に並べられている様は気持ちいい。
それなりに蔵書を抱えた本屋のようだ。



私は鳥類の羽根の図鑑を手に取ってペラペラとめくる。鳥類の種別や生態、翼の各部がどのような羽根で作られているのかを丁寧に記したものだった。


ハネハネの実は決して"翼"を生み出すものではなく、厳密に言えば一枚一枚の羽根を生み出す能力である。


鳥の翼を生成するにもどのような種類で、どのような構造で成り立っているのかについての知識がないと上手く形作ることはできない。



理解していない鳥の羽根で翼を作ることはできない。これが私の能力だ。



以前マフィアのボスから盗み聞いた聞たところによると、過去のハネハネの実の能力者たちは羽根で形成した剣や盾を使い、どちらかと言うと攻撃の手段として使っていた者が多いそうだ。
対して、私は剣術や体術について、とんと未熟だ。


かと言って、超人系のハネハネの実はゾオン系の様に鉤爪や嘴などに身体の一部を変形させて攻撃の手段とすることも出来ない。



能力者で賞金首でもあるにもかかわらず能力のほぼ全てを移送の手段として使ってきた為、身を守る手段がどうしても欠けているとこの前の戦いでも痛感していた。


我ながら難儀な能力の使い方をしているなと自嘲する。


ただし、知識として様々な鳥の生態や羽根の作りに触れることはとても好きだった。


幼い頃から組織の檻とも言える環境で育ったが、ついに目を盗んで逃亡したのが約4年前。
隠れながら生活し続ける中でも、何もかもが目新しく見えて新しい知識に触れる度に、いつでも胸は高鳴った。


能力を使うために最低限取り入れて来た分の知識はあるが、見たことも聞いたこともない鳥類の生き方や姿に、
まだ知らない世界を垣間見るような気持ちになって、いつだってワクワクした。




ふと、鳥類の図鑑の隣にあった、海の生物の図鑑を手にとって読んでみるとこれも非常に面白い。



医務室の窓からたまにみる海獣や海の生物たちも、どんな名前でどのような生態を持つものなのかと内心気になっていた。


海中に射し込む太陽の光に反射してキラキラ光る七色の鱗を持った魚や、フワフワと長い触手を漂わせながら浮かんでいるクラゲ。


海の上からでは見れない、潜水艦の窓から見える海中の光景には度々目を奪われていた。



値段は?と気になり、本の値札を見て「げ…」と思わず声が出てしまった。


かなりいい値段をする二冊に、そりゃ一般の本と比べてこれは図鑑だし、しかもこれ程の力作である本への対価は充分に支払われるべきだから妥当な値段だとは思う。



だけど、その対価に支払えるお金を捻出できる程の手持ちを持ち合わせていない。
内心がっかりしながら、本棚から取り出した時よりも心持ち丁寧に、そっと元の場所にその図鑑を戻した。




ぐるりと本屋を回ってみたが、特に欲しい本も無い。医学書の棚で熱心に本を吟味しているローさんに外で待っているのでゆっくり見ていて欲しいと一言声をかけておこう。彼も久しぶりの上陸に違いはないから、気兼ねなく自分の時間を過ごして欲しい。



ローさんの側に行き、そう声をかけるとローさんは開いていた本を閉じて、私を見下ろした。
私の手元に何もないことが目に入ったのか、何もいらねぇのか、と彼が呟いたその言葉が私の耳にも届いたので、私は静かに頷いた。


すると彼はまた眉間に僅かに皺を寄せた。
何か気に障るようなことをしてしまったのかな。そんな筈ないと思うのだけれど、と少し不安に感じる。



「普段暇そうにしているだろう。何か気になるものがあるなら買ってやる」
「いえ、特にこれと言って…」


呆れた、というか少し残念そうな顔をされてしまった。決して本に興味が無いわけでは無いのだけれど、そう言えばローさんはきっと、何かしら本を私に買い与えてくれそうな様相だ。でもそれはとても、申し訳ないし恐縮に思う。



「船で、新聞は取っていらっしゃいますか?」
「…とっているが」


何とか頭を回転させた末に導き出した答えは、船にあるものを借りる。というものだった。


「新聞が読みたいです」
「そう言うことは、もっと早く言え」


溜息をついて呆れた様に言われてしまったが、これならローさんに本を買ってもらう事なく済む。
それにこの世界を渡り歩くなら情報こそ大事だと一人頷きながら本屋から出る。


ローさんにこれ以上お手数をおかけすることもなく、それに新聞も貸してくれるみたいだし、なんの文句もない。




「すぐ戻る」と言うローさんに、再度私の事は気にせずどうかゆっくり本を見ていて欲しい旨を伝え、本屋の入り口が見える広場のベンチに腰を下ろす。



ボーッと空を見上げていると嫌な視線が右頬にジリジリと突き刺さった。



往来が多い街だ、自分の顔を知っている人間がいてもおかしくない。だけど、まさか日の明るいうちからこんな風に絡まれるとは思わなかったと、油断した自分の浅薄さに舌打ちをしたくなる。



「アグリーダックだな?」
「…人違いかと思いますよ」


案の定低い声で不躾に男が問うてきたので、目も合わせず否定した。


昼間から、なんて、面倒くさい。



「間違う筈がねぇ、手配書を見ればすぐ分かる!
醜いアヒルの子だって言うからどんな不細工かと思えば、中々の女じゃねぇか」
「…一体誰の、話をしているんですか」
「通称に違わぬなら、狩り易そうな奴を見つけた千載一遇のチャンスを無駄にするわけにはいかねぇな」


しらばっくれても無駄とばかりに男が手配書を片手に握りながらおもむろに拳銃を取り出した。


会話も一方的で全く噛み合わない。

こんな往来で飛び道具を持ち出すなんてなんて最低だ。そもそもこんな所で吹っかけてくること自体褒められたことではない。


というか、拳銃ならもっと遠距離から狙えば良いのに…と内心ひとりごつ。そこまでの腕前では無い事を自分で露見しているなら世話が無い。




男が私を狩り易そうとまで言って、捕らえようと気色ばむことには不本意ながら思い当たりがあった。




まず性別。女は男よりどうしてたって腕力に劣る。そうで無い強豪の女性も多くいるが世間一般的なイメージとして拭い去れないものはある。


加えて、私の二つ名が輪をかけて絡まれ易さを助長する。『アグリーダック』…醜いアヒルの子という文字にどうしても美しい鳥になる前の"未熟者"の印象が付いて回る。


女で、未熟な賞金首。
しかも額は3000万ベリーとそこそこの高値が付いている。これは賞金稼ぎからしてみたら願っても無い好物件に見えて仕方ないだろう。


是が非でもその首を手に入れたいと思うのは当然の反応だった。



さて、どうやって躱そうかと思いながら相手の出方を待つ。

銃なら人のいない方向へ初撃を躱せば、いつもの様に相手の懐に飛び込んで神経毒の羽根で首筋あたりを斬りつけて昏倒させられる。そう考え踏み込むタイミングを見計らっていると、突然青いサークルに包まれた。



−−しまった、能力者?!




どうしてこう、自分は爪が甘いんだろうと背筋に冷たいものが伝わった瞬間、"シャンブルズ"という聞き慣れた声が聞こえた。



次の瞬間目の前から銃を持った男が居なくなり、足元にコツンと小石がぶつかる。
つられて小石に視線をやった頃、裏道から断末魔が響いた。
ハッとそちらに目を向けると、鬼哭を鞘に収めながら裏道から出てくるローさんが居た。



「思うに…お前は絡まれ過ぎじゃねェのか」
「また助けて頂きました。ありがとうございます」
「……厄介な通称だな」
「私もローさん見たいな強そうな名前が良かったです」


前の島でも襲われているので、何も否定できないことだった。ローさんの様な『死の外科医』の様な相手に恐怖心を抱かせる異名だったらこうも絡まれないのかもしれないと勝手につけられた自分の二つ名を恨めしく思う。



「アグリーダックの元々の意味は、美しい羽根をいつまでも形成しない私への侮蔑と揶揄だったのですが…。
でも……運ぶばかりで戦闘が得意ではない私には、不恰好で、未熟な鳥というのは確かに当てはまりますね」


顔を下に向けて自分の二つ名の由来を言葉にすると
、改めて込み上げてくる悲しみと悔しさが自然と声に滲む。

この忌々しい名前を背負ってこれからも一人で生きる事実に、不安と焦燥感が胸が溢れた。






「……何か、食いてェものは?」




思わぬ問いかけに、驚いてローさんの顔を見上げる。逆光になってよく見えないが、いつもより柔らかな表情をしている気がする。


太陽の光とローさんの柔らかな表情が同じくらい眩しく感じて、何故だか見とれたことを悟られないようにもう一度視線を落として小さな声で呟いた。



「………アイスクリーム」


ふと、頭の上に影ができてポンポンと2度、頭に軽い重みが加わった。


とても、温かな、重みだった。


影はくるりと後ろを向いて遠ざかって行く。

思わぬ出来事と、彼の叩き方があまりにも優しかったものだから。私は勝手に慰められた気持ちになって、自分の頭に手をやりながら彼の後ろ姿を呆然と見送った。






「に、二段ですか?!そんな…二段アイスなんて食べても良いんですか?!」
「…うるせェ」

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