6.Grab with both hands and make a stash 01
朝の気持ち良い空気にグイーッと伸びをすると、新鮮な空気が肺に入ってきて気持ちまで爽やかになる。
昨日は街で買った荷物を船に運び込み、シャチと手分けして荷解きを終わらせた。
医薬品に関しては毎日医務室で生活させてもらっているだけあってある程度の物の場所は分かるし、
新しく購入した物の殆どは私の怪我の手当てに使って頂いた分の補充なので、毎日の記憶を振り返れば整理も難しいことはなかった。
取引とは言え自分の治療により、こうして医薬品の補充や食料の追加備蓄など手間を増やしていることが有難いことでもあり、申し訳ない。
感謝と罪悪感が入り混じった気持ちでの荷物の整理が大まかに終わったところで、シャチはこれから街へ飲みに戻る予定だと聞いた。
海賊とは上陸した先に良い酒と良い女が居ればそれで充分だと昔誰かが言っていた気がする。
船に乗ってみて分かったが、男所帯は確かに禁欲的な空間でもある。久しぶりの陸地に気持ちが逸るのも分かる気がした。
飲みに行きがてら一緒に夕飯を食べに行こうとシャチは誘ってくれたが、きっと彼にとって待ちに待った陸上での自由時間だろう。
邪魔するのも気が引けたし、久しぶりに長い距離を歩いたことによる疲労の方が空腹を上回っていた。
シャチには心からのお礼を伝え、街へは戻らずシャワーを浴びたらそのまま疲労感に身を任せて医務室で眠りに落ちてしまった。
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早く眠りについてしまったことで、いつもより早めに起きてしまったが、頭はスッキリしていて活力に満ちている。
やはり適度な運動は健康にも必要みたい。
「朝ご飯でも作ろうかな…」
上陸中は調理担当のコックも出払ってしまうため、食事は各自用意することになっているそうだ。
昨日厨房に荷台から下ろした食材を運んでいる時にコックさんにすれ違い、適当に材料は使って良いと教えてもらっていた。
早起きして、しっかりした朝食を食べる。
なんて健康的で充実した贅沢なんだろうとウキウキする。
洋服屋のプリントが押されたバックから、イッカクと購入した五分袖の瑠璃色をしたカシュクールワンピースを取り出し広げてみた。
カシュクールでも胸元がそれほど開いていないので清楚に着れて、ウエストにリボンのベルトが付いているのでスッキリと着こなしができるもので、イッカクのセンスの良さが光る。
机の上に置いていた黒い羽根の入った小瓶のネックレスを首にかけて、気持ちのいい朝に自然と鼻歌混じりになりながら食堂へと足を運んだ。
揺れるスカートがさらに気持ちを上向きにさせた。
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最悪な朝だ。
昨晩酒場でいつも通り飲んでいたら、いつものように女に声をかけられた。
別に声をかけられること自体珍しいことでもねェが、羽根屋の働きで当初の予定より早く用事が済んだことに気分が良かったことも手伝って、その女に言われるまま酒を数杯奢ってやった。
そのまま気を良くした女と近場の宿に凭れ込み、朝を迎えた。
ここまでは良い。相手もスタイルの良い女だったし、顔も悪くねェ。夜までは良かった。
だが眠りも浅く、朝早くに目覚めた時に、女が愛の言葉を囁いてきた。
すると途端に、すっかり興醒めした上にその女の存在が至極面倒に感じ、耳元で囁かれる言葉を鬱陶しいと聞かないふりをし続けた。
思えばくだらなさに眉間に皺を寄せていたと思う。
すると女から何のつもりで抱いたのだの、私は少なくても本気だったのだのヒステリックに喚いてきたので、今度はいよいよ嫌になってきて数枚金を枕元に叩きつけて部屋を出てきてしまった。
背中に人でなしと罵声を飛ばしてくるが、気にしちゃいねェ。
大体、一夜限りのことに愛だのなんだの面倒くせェものを引き合いに出されては敵わない。
朝早くに半ば無理やり起こされることになった上に、
ヒステリックな言葉を浴びせられて気分が悪い。
もう少し弁えた女かと思っていたが、見る目がなかったと言えばそれまでだ。
もう一度二度寝をしようにも宿屋は営業時間外で部屋も取れない。
忌々しい朝だと盛大に舌打ちしながら、休憩を取る為に自分の船へと向かう道を歩いた。
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さっさと二度寝をしようと船に戻ると、なにやら良い匂いが鼻をかすめた。
停泊中はコックも不在の為食事は各自で作ることになっているが、誰か朝食の準備でもしているのか。
自分の腹が存外空いていることに気づき、何か食べて腹でも満たしてから今日のことは考えるかと自然と足は食堂へと向かっていた。
「1人分って難しい…」
いくら気分が良いからって作りすぎた。
どう考えても2食分以上はあるが、まあお弁当箱に詰めてお昼にも食べれば良いかと思い直し食器棚からお皿や茶碗を取り出す。
炊き込みご飯に卵焼き、サーモンのソテー、ほうれん草ときのこのお味噌汁。
作り過ぎた分をお弁当にするならサーモンはもう一切れ焼いてしまおう。
焼いている間に他の料理の盛り付けをしていると食堂のドアが開いて誰かが入ってくる気配がした。
「おはようございます、すぐに片付けますね」
きっと入ってきた人も食事を作るために来たのだろうと思い振り返りながら声をかけると、
そこに立っていたのは目の下の隈を心待ち濃くしたローさんだった。
隈の所為なのか眉間の皺の所為なのかいつもより機嫌が悪そうに見える。
え、料理つくるの?意外。と思いながら、ローさんを見やると彼は徐にテーブルに着いた。
そして、ジッとこっちを見ている。
機嫌が悪いかと考えていたこともあり、何の用かと不躾に聞くのも憚られるが、もしかして…と半ば閃きのようなものを感じ、様子を伺いながら尋ねてみた。
「簡単なものですが、召し上がりますか?」
「…ああ」
食べるんだ。
自分で聞いたくせに意外に思いながら、盛り付けてあった料理をお盆に乗せる。
そして、人差し指でぐるっと料理にに向かって宙に円を描いた。
ーーー愛情の一振りよ
これで料理が美味しくなるのだと、シスターが掛けてくれていた魔法の一振り。
料理が下手だったシスターの、この愛情の一振りが好きだった。この一振りで食事が何倍も美味しく感じたのだ。
出来上がった食事を並べて、愛情の一振りの魔法をかける事。それが今では殆ど私の癖になってしまっている。
ローさんの前に、料理を提供することに若干緊張をしながら配膳する。
チラリとこちらを一瞥してから、帽子を脱ぎ、お箸を綺麗に持つローさんに、育ちの良さを感じてまたもや意外に思うが、ジロジロ見るのも失礼かと視線を逸らした。
そして私も追加の鮭が焼けたところで自分の分の食事をローさんの席の前に置き席に着いた。
黙々と食事を頬張るローさんを見ていると、お口に会いますか?と聞いてみたい衝動に駆られる。
料理を作ることは嫌いじゃないし、一人旅の間でもよく作っていたが人に食べてもらうことは無かった。
だから是非感想を聞いてみたい。
でも静かに食事をしているローさんを前に何だか余計な話題で声をかけにくく、私も黙って食事を続けた。
結構炊き込みご飯も上手くいった気がするんだよね。冷蔵庫の食材に乾燥しいたけと油揚げ、人参が中途半端にしてあったので有り難く使わせてもらった。
こういうあり合わせのもので如何様にも作れる料理は、孤児院時代から作ってきた事もあり、結構好きだ。
「…今日の予定は」
「特に考えていませんでした。何かお手伝い出来ることありますか?」
「ねェな」
「そうですか…。あ、おかわりですか?」
「ん…」
唐突に今日の予定を聞かれたが、何も考えていなかったので手を貸せることはないかと聞くもバッサリと無いの一言をもらった。
その一言に落ち込む前にローさんがお茶碗を無言でこちらに向けてきたので、両手で受け取る。
差し出されたお茶碗に、言外に美味しいと言われた気がして、それだけで嬉しくて面映くなった。
「羽根屋、出かける準備をしろ」
「はい。……?」
「礼をする」
「そう言うつもりでお出ししたんじゃないです」
食後のお茶を飲みながら一息ついたところでローさんが唐突に言い出した。
そう言えば眉間の皺が薄くなっている気がする。
お腹空いていて機嫌が悪かったのだろうか、確かにお腹が空くと気分は落ち込む。
朝食のお礼と言われても大したものもお出しした訳ではないし、必要ないと辞退する。
作りすぎたものを食べてもらったという感じの方が私には些かしっくりくる。
「美味ェもんでも食わせてやるよ」
「え、あ…じゃあ、お願いします」
思わず釣られてしまった。
食べ物につられるなんて!とハッとして、なんとか取り繕うとするも、ローさんを見た時には満足気に片方の口角を上げて残りのお茶を飲み干し、さっさと立ち上がったところだった。
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