小説 | ナノ


03

「僭越ながら」

ご馳走様でした。と至極満足そうな顔で両手を合わせた羽根屋はサッと自分の買い物袋の中から帆布とロープを2組取り出した。

帆布をバサリと広げると、ダンスを踊るかのように指先をしなやかに動かして彼女の能力を使い、荷車の荷物に被せる。


さらにロープの両先端に小さな翼を生やし、クルクルと荷物が飛ばされない様に荷台に帆布を巻きつけた。


随分手慣れた手つきだと、一同が感心する。



その感心の視線には気づいていない様子の羽根屋は、これでよしと呟いた後、右の手のひらを上にして肘を軽く曲げたまま人差し指と中指を上にクイッとあげた。


「"ルルヴェ"」


羽根屋の透明に通る声が響いた瞬間、目の前に置かれた荷車に四枚の大きな鈍色の翼がそれぞれ出現した。
それらが羽ばたいたことで風を起こし、空へと持ち上がった。


シャチとベポがおお!と、感嘆の声をあげる。


今まで自分たちが苦労して引いてきた、傍目から見ても重量のある荷物。
それらをいとも簡単に引き揚げてしまう羽根屋の能力の高さに少なからず驚きを隠せない様子だった。




悪魔の実の能力の力はある種、熟練度に基づく。

羽根屋がこうも簡単に重量のある荷台を持ち上げて運ぶことができるのは、暗に今まで数々の積荷を運んできた経験に他ならないだろう。


つまり、闇取引で使われる武器をはじめとした大型の荷物を、ながらく運び続けてきたという推論が容易く成り立つ。


決して楽な事ではない。
本人もやりたくてやっていた事でもないだろう。


あの光を宿さない眼でこちらを見ていた少女の手配書と、あの晩医務室で聞いた彼女の来歴を思い出す。


金と欲と裏切り、謀略そして死が入り交じる裏社会で、羽根屋が自分の能力を酷使してきたのは簡単に想像できた。



この時世だ、別に同情する訳じゃねェが……


ローも幼い頃、思い出したくもない苦渋を味わって来た。凄惨な記憶から甦るのは凡そ幼い子どもがして良いような経験ではない。
今でも時に思い出しては、その針のような痛みが胸を貫くこともある。



しかし、だからと言ってそれをひけらかして同情を買うつもりなど更々ない。
羽根屋も、瘡蓋として塞がれた傷跡を無闇矢鱈に穿り返して今更血を流すような真似はしたくないだろう。


ただ、目の前で花が綻ぶ様に笑う羽根屋を見ると、
その笑顔とは対照的に、今までの境遇とまだ足首や外腿に残る傷跡の痛々しい姿を思い出す。

その傷跡が彼女の笑顔の裏に見える度に、苦衷を察し自然と眉間に力が入った。


「運んだ荷物を船のどこにしまったら良いか教えて欲しいんだけど、だれか一緒に来てくれませんか?」
「俺!俺!」

浮かせた荷物の高度と水平を保つ為か、左手は荷物の方向へ向けて手を掲げたまま、羽根屋がこちらを見渡して尋ねる。
待ってましたとばかりに、シャチが興味津々に手を上げて名乗り出た。


そんなシャチの様子に微笑んで、羽根屋は右手の指をパチンと鳴らしす。

音を響かせると同時にシャチに翼を生やし、荷台の縁まで浮かせて座らせる。
それに続いて羽根屋も同じく浮き上がり、もう片方の荷台の縁に横向きに腰掛かけた。


「それじゃあ、お任せくださいね!」
俺たちに手を振って、羽根屋とシャチは停泊している船の方向へ飛ぶ。
シャチのすげぇ!飛んでるー!という興奮した声とそれを聞いてクスクスと笑う羽根屋の声が遠ざかっていった。




2人が飛んで行った先にある空を仰ぐと、
太陽は既に傾きかけていた。



そもそも俺が付いてきたのは薬品を見ておきたいこともさる事ながら、治安に問題がないとは言え、ある程度の護衛の為だ。


大きな荷台を引いて視界の悪くなる夕暮れ時や夜道を歩き、野盗から格好の的だと余計な手出だしをされることを危惧していた。


それを羽根屋が空から荷物を全て引き受けてくれたことで余計な労力を使わずに済む事になったのだ。



「すげー、ショウトあっという間に行っちゃった」

「じゃあ私は散策でもするかな。キャプテン経費ありがとうございました」


2人が飛んで行った空を見上げて、どこまでも見送るベポと、
預けていた金を俺に返して用は済んだとばかりにさっさと振り向き歩き出すイッカクの反応はある意味真逆だ。



返された金銭が入った袋は、朝イッカクに預けた時とさほど重さが変わらない。



遠慮しやがったな。



治療を受けている時にたまにする、申し訳ないと言いながら眉を八の字に下げて、困った顔をしながら笑う羽根屋の顔が脳裏をよぎった。



「キャプテンはこれからどうします?」
「酒場で酒でも飲んで来る」

予定外に時間が空いたことで、ゆっくりと酒も飲めそうだ。
鬼哭を肩に担ぎ直すと、日が落ち始めた街にはポツリポツリとランプが燈り始めた。



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