小説 | ナノ


02

中心街に近づいてくると、木造づくりの綺麗に整備された街並みが広がっていた。
街の往来には人々が行き交いガヤガヤと活気付いている。


マフィアを抜け出した日から追われる身となって以降、人混みが怖くて森の中や人口の少ない町や村で日々をやり過ごしてばかりいた。
活気のある街並みに気持ちは逸り、どことなく落ち着きのない気分になってくる。

「じゃ、あんたの服を買いに行きましょ!」
「今までイッカクに服借りてばかりだったもんね。ありがとう」

今まで洗濯した服が乾かなくなる度に、イッカクが彼女の私服を貸してくれた。濡れたままの服を着るしかないか、と覚悟したところに彼女が着るようにと服を持ってきてくれたのは本当に助かった。

ただ、服を買うにしても手持ちで足りるかな…とふと思案する。必要なら買うしかないが、今後のやりくりを考えると一抹の不安を覚えた。


「気にしないで!私がやりたくてやったことだし。
それに、今日はキャプテンから経費としてお金貰ってきてるから遠慮なくいきましょ!」

あっけらかんと笑うイッカクが親指と人差し指を合わせて輪っかを作った。それを私に見せながら何やらとんでもないことを言ってのけた為、思わず私は声をあげた。

「経費?!」
「そう。なんでも、あんたの情報のおかげで武器調達の資金がかなり浮いたらしいんだよね。だから、キャプテンがショウトの服や生活用品買ってやれって私にお金預けてくれたワケ」

そう言いながら取り出した、ハートの海賊団のジョリーロジャーの刺繍が施された巾着袋はかなり膨らんでいる。それにしても、ハートの海賊団の経費で私の私物を買うなど恐れ多い。そんなショウトの内心に触れることもなくイッカクがさぁ!行こうとばかりに洋服の看板を掲げた店へと入っていった。


彼女に続いて洋服店に入ると、キラキラとした内装に心が自然と心が躍る。こうしたお店に入るのは本当に久しぶりだ。
たくさんの素敵な洋服に目移りしている間に、ショウトは胸があるから、Vネックや縦にライン作れる服の方が似合うね!少しウエストマークもあった方が良い!と言いながらイッカクは私の買い物カゴにどんどん服を入れていく。


彼女の気持ちが有難い一方、今後また一人旅をすることを考えると、手持ちの荷物を増やしすぎても持ちきれなくなってしまう。

航海中に最低限必要な洋服の枚数も何となくわかってきた為、こんなにたくさんは必要ないから…と気に入った洋服をほんの数点選んで、買物カゴから取り出しイッカクへ手渡した。

彼女の様子を見ても、本当にハートの海賊団の経費でお買い物をして良いみたいだ。なんだか、治療をしてもらっている上に、とても良くしてもらって申し訳ない気持ちもするけれど。ご厚意に甘えてお世話になってしまおうか。
今後のことを考えてもとても助かります。皆さん、ありがとうございます。
そう心の中でハートの海賊団の人たちとローさんに手を合わせてお礼を何度も言った。



せっかくなのにもったいないとブーブー文句を言うイッカクを、本当にこれで充分だからとなだめて洋服屋での買い物を済ます。

他にも下着などを買い足したがそれも必要最低限で、しかも特にこだわりもないので割合すぐに買い物も終わってしまった。


本当の本当に、他に何も必要ないのかと身を乗り出したイッカクに詰め寄られて、渋々雑貨屋や小物店にぶらぶらと足を伸ばしてみた所、目に止まったブラシや帆布とロープのセットを購入した。


他に欲しいものは無いのか再三聞かれたが、今度こそ本当に何も無かったのでイッカクには丁寧にお礼を言った後、街の中心にある人が座れるほどの縁がある噴水に腰掛けて休憩することにした。


「買い物に付き合ってくれて本当にありがとう。人混みが久しぶりだったから、1人じゃ無理だったかも」
「良いんだ、気にしないで。私も楽しかった…ん?あれ、ペンギンとシャチじゃない?」

視線を向けると山積みの食料品を乗せた荷車の手摺を、前のめりになって踏ん張りながら力一杯引くシャチと、荷物持ちは任せたとばかりに隣を涼しい顔をして歩くペンギンさんがこちらの方向に向かってきているのが目に入った。

「おーい!シャチ、ペンギンー!」
大きく手を振りながら、2人にイッカクが呼びかける。向こうの2人も気づいた様子で手を振り返してくれた。

「買い物は済んだの?」
「あらかたな。まとめて買わなきゃいけないものは積めるだけ積んだ」

こちらに歩み寄って来てくれるペンギンさんとシャチにイッカクが尋ねる。
重そうな荷車を引くシャチに近寄ると、荷台の中は色とりどりの食品で埋められていた。

「わぁ、綺麗…!目利きが上手いのね」

赤く艶々と光るトマトや青々とした葉を広げたほうれん草などの青菜野菜。大きな袋に入っている人参やジャガイモの色味もとても良い。魚の目は澄んでいて採れたてに違いないだろう。肉も一目で新鮮なものだと分かる。この船の主食である米もいくつもの米俵に入っているようだ。


そこに並ぶ様々な食材たちが輝いて見えたため、素直に感嘆の気持ちが言葉に出て来た。
シャチも自分たちの仕事ぶりを褒められたことに満足気にニッと笑った後、思い出したかの様に眉を寄せて詰め寄って来た。


「そういや、ショウト。何を手伝ってくれるつもりだったんだよ。もう買い物終わったんだけど」
「シャチやローさんの買い物が全部終わったら、
荷物を纏めて引き受けようと思ったの」
「はー?どうやって」
「ああ…まあ……見せた方が早いと言うか…、わ、美味しそう…」


ショウトが手伝いに来ないうちに粗方買い物は終わってしまったとシャチが訝し気に問うてくるので、当初の予定を伝える。

方法を聞かれるが、足元を小さな子どもたちがアイスを持って走って行ったことに気を取られて、思わず適当な返答をしてしまった。


しまった、なんて失礼なことをしてしまったのだろうと慌ててシャチに意識を戻したが、私を責めるでもなく、シャチは多少思案した後自分の掌の上に拳を乗せて思いついた、というジェスチャーをした。

「買い出しが終わったらここに集合することになってるんだ。ここでアイスでも食べて休憩しながらキャプテンたちを待とうぜ」
「ええ?!良いよ、そんな、失礼じゃない!!」

思わず大きな声を出してしまった事にシャチだけでなく、イッカクとペンギンさんも何だ何だとこちらを伺ってくる。

「待っている間にアイス食べたことぐらいでキャプテンは怒らないと思うけど。お前、食べたいんだろ?」

ギクリと肩が揺れてしまった。食べたいか食べたく無いかと聞かれると、とても食べたい。
シャチへの返答を思わずなおざりにする程には。とても。
あの、冷たくて、甘くて、幸福な口どけ。思い出すだけで幸せな気持ちになる。


「ローさんは怒らないかもしれないけど、だって贅沢な食べ物でしょ?」
「は?」

アイスクリームが?確かに嗜好品に間違いないが、そんなに強く拒否するようなものでも無いだろう。
まして本人が食べたそうにしていて今から休憩すると言っているのだ。それ程までに拒絶する理由がシャチには思いつかない。思わず首をかしげる。

「そんな言うほど贅沢じゃ無いだろう」

思わず彼も口をついて出してしまったのか、ペンギンさんまで食べたければ気にしなくていいと声をかけてくれた。イッカクが不思議そうな目で顔を私を覗き込めば、もう観念するしかない。
気恥ずかしい気持ちで一杯になりながら贅沢な理由を呟いた。

「…私、孤児院の育ちだから、あんまりそう言うお菓子買ったことないの……居候みたいに船に乗せてもらっているのに、そんな贅沢できないよ」
「よし決めた。買ってやる」

私の言葉が終わった瞬間、シャチが食い気味に即答し、ペンギンさんに荷物を頼むと伝えると街並みの中に見えるアイスクリーム屋の屋台を目指して歩き出した。慌ててその後ろを私はついていく。

「いいよ、悪いよ。もっと有用にお金は使ってよ」
「お前にアイス買ってやる以上の使い道が今思いつかねぇよ」

シャチのお金を使う事はないと制止するも、ニカッと笑いながら頭に手を置かれた。
まるでお兄ちゃんが居たらこんな感じなんだろうなと思わせる笑顔で笑うシャチが眩しくて、私はそれ以上は何も言えなくなってしまった。




*******



集合場所に着くと、シャチと羽根屋が居ない。
その代わりペンギンとイッカクが微笑ましそうな、しかし少し悲しそうな視線である方向を見ていたことが気になった。

「おい、シャチと羽根屋はどうした」
「キャプテン、お疲れ様です。シャチとショウトは今席を外していますが、すぐ戻ります」

ペンギンが簡潔に答え、さらに軽く息を吐くようなため息をついて言葉を続けた。

「本人に欲が無いので、つい構いたくなるんですかね」
「……?」
「あ、戻って来た」

首を伸ばして、俺の背後を見て言うイッカクの視線に合わせて振り返る。向かいの店から、アイスを大切そうに両手で持ち、嬉しそうに頬を染めてシャチに何度もお礼を言いながら歩いてくる羽根屋の姿がみえた。


「…美味しい…!シャチ、ありがとう!」

目をキラキラ輝かせて、満面の笑みで美味しそうにアイスクリームを頬張る。羽根屋の周りには、どうにも抑えきれない嬉しさからか花が舞っている様だ。
先程ペンギンが言ったのは羽根屋の事かとその様子を見て納得する。



ーーー、


ふと記憶の中の妹が嬉しそうにアイスクリームを食べていた笑顔を思い出し、胸が痛む。
彼女も嬉しそうにアイスを食べていた。俺もその隣を確かに、並んで歩いていた。
そんな懐かしい記憶と幸せだった日々が、甘く切なく胸の内を僅かに撫でていった。


「ローさん!お金ありがとうございました!
い、急いで頂きます…!」
「いや、いい。お前の働きで買っただけだ。おい、ゆっくり食え」

俺たちが合流している事に気付いた羽根屋が慌てて残りを口に押し込もうと大きな口を開けたところを静止する。大胆と言うか、普段からは想像がつかないガサツな食べ方をしようとする羽根屋が意外で可笑しい。


病床で遠慮がちにしている羽根屋の、いつもと違う活き活きとした姿を垣間見て、柄にも無く上陸させて良かったと安堵する自分がいた。

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