小説 | ナノ


5.雲に夢乗せて01

船長室のソファーで医学書を読んでいたところ、部屋をノックする音が聞こえた。入れ、と短く返答するとペンギンが部屋に入って来てあと2、3時間で島に着く頃合いだと手短に報告を受ける。



次の島は秋島だそうだ。前の島で聞いた噂では治安それほど警戒するものでもないらしい。ログも2日あれば溜まると聞いている。


どの程度信用できるものなのかは定かではないが、よほど危険な島だと言うわけでもないだろう。クルーに上陸の準備をするように伝えろとペンギンに指示をすると要領を得た彼は了解と言いながら部屋を出て行った。


キリの良いところまで医学書を読み終わったところで、パタリと本を閉じる。


あの医務室に閉じこもりっぱなしの羽根屋もたまには外の空気に当たりたいだろう。
ふと頭にそう思い浮かんだ。


普段の羽根屋の毎日の過ごし方は実に単調だ。


俺との取引の為に、まだ動きにくい手で海図に情報を書き込んでいるか、
この船のクルーと多少の会話をしているか、
ボーッと窓の外を見つめているだけ。


彼女の提供する裏取引の情報のおかげで、無用な海軍との遭遇を避け、時には武器の輸送をしている船の航路に割り込み武器の調達が可能になった。


齎される情報はかなり有用に活用できている。
遠慮がちでいつも礼ばかり言う、羽根屋が言うかどうかはさて置き、多少のわがままなら聞いてやっても良いと思えるくらいには。



それに、この船で過ごすにあたって陸地で生活する分には問題ないだろうが、彼女の荷物で足りないものが多くあることが分かってきた。


まず、服が足りない。
この天気が急に変わるグランドラインで服が乾かないことも良くある。ましてこの船は潜水艦だ。

手持ちの服が乾かなくてイッカクが服を貸すも、それすらも足りなくなり、
已む無く試しに俺の服を着せてみたが、袖の長さは腕を捲れば何とかなるものの襟が大きく開いてしまい、イッカクからこりゃ食堂へは行けないとストップをかけられたこともあった。


そもそも羽根屋の荷物の中に、爪先の部分が硬くて靴の側面にリボンが付いている、凡そ野外で履くには向かない靴や、何かしらの音楽が入っているだろうトーンダイアル数個、おそらくトレーニングウェアだろうと判断できるが身体のラインが出たり生地が薄かったりする服がちらほらあったりと、


ともすれば旅をする上では余計とも思える物が入っているお陰で全体的に必要な物資の手持ちが少ない。





医務室のドアの前に立ってノックをする。

返事を待って扉を開けると、丁度海図への書き込みが終わった様子の羽根屋がいた。


「あと2時間程度で島に着く。上陸をするから身支度をしろ」

短く用件だけを伝えると、ペンを握ったまま驚いた顔をして瞬きをしている。



まさか自分が上陸するとは思いもしなかった、とでも言うのだろうか。


確かに普段何につけても申し訳なさそうにする対応や、リハビリの為に歩けと言っているのに、風呂や食事の時以外は部屋を出ない彼女の様子を思うと、
仮に船が島に着いたとしても積極的に上陸したいと言う様にも見えなかった。


ほとほと要求の少ない奴だと思う。


以前ほんの気まぐれに、ここでの生活に不都合は無いかと聞いてみた時、ありません。ときっぱりと羽根屋に言われたことを思い出す。


そのはっきりとした発言に続けて、治療をしていただいて、これ以上望むことなんてありません。と、またもや礼の言葉を続けながら言ってきたことは、お世辞などではなく心からの言葉だったのだとふと彼女の言葉が頭を過ぎった。



それでもようやく理解したのか、嬉しそうな顔で頷いた羽根屋を見ると外に連れ出してやることが間違いではないのだと安堵する。



その無邪気な反応に自然と口角が上がることを隠しながら、あとで迎えにくると言い残し、俺は自分の上陸への準備のために部屋を出た。





*******




「長い航海が続いたからな。一度二手に分かれよう。俺たちは食料と医療品を中心に買い出しに行く。
イッカクとショウトは別行動だ。
キャプテンはどうしますか?」

「医療品や薬品を見に行く」


街の入り口に向かう道すがら、俺の後ろを歩くペンギンが備品のリストをまとめた羊皮紙をクルクル丸めながら質問する。



その隣を羽根屋が左手に杖をつきながら歩き、イッカクがたまに躓く羽根屋を気にしている。



さらにその後ろには買い出しのジャンケンに負けて、それぞれ木製の荷車を引いたシャチとベポが着いて来ている。



この島に着くまでの航海が長引いた為、食料も生活用品も心許なくなってきていた。ここらで、買えるだけのものを備蓄したい。


今日の買い出しの量は多くなりそうだと思いながら背後に視線を向ける。


同じことを考えているだろうシャチとベポは、これから大量の荷物を荷車で引くことになることを覚悟しているのか、どことなく足取りが重い。



あの時チョキを出していれば…とクルー同士のじゃんけんに負けたシャチのぼやく声を耳が拾うが、特段手伝うつもりもないので無視する。


そんな折、背後から羽根屋とペンギンの話し声が聞こえたきた。


「後で合流させて貰えませんか?きっと、お役に立てると思います」
「役に立つ?それは、構わないけど…」
「良かった!」


杖をつく羽根屋に一体何ができるものか、
体調を懸念するペンギンの訝しげな声色と、
彼の心配を余所に響く羽根屋の嬉しそうな声が背後から聞こえた頃、俺たちは街の入り口にたどり着いた。



「ショウト、行こう」

イッカクがさっさと街の入り口に架けられたアーチをくぐり、マイペースに街の奥へズンズンと進んでいく。羽根屋もそれに習い、俺たちに一礼してから街の奥へと消えていった。


また、躓いている。



「何を手伝ってくれるんでしょうか」
「さぁな…」

当の本人が居なくなったので聞く由もない。

未だチョキを出さなかったことを後悔するシャチを尻目に俺たちも街の奥へと歩みを進めた。

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