小説 | ナノ


02

「…そしたらシャチが目の前で思いっきり転んだの!」
「酒場でお前が暴れはじめたから、酒で足元が濡れてたの!」


ケラケラ笑うイッカクにシャチが憤慨しながら、お前が酒場で急に暴れ出すからとばっちりを食らったんだと指摘している。
医務室を訪れている2人の様子をショウトは楽しそうに笑いながら見ていた。


傷の大まかな治療は船長のローが行っていたが、他の細々とした身の回りの世話はハートの海賊団のクルー達が持ち回りで行ってくれていた。


最初はショウトをどことなく警戒していたクルー達だったが、新たなメンバーが医務室を訪れる度に、「はじめましてショウトです。治療を受けさせてくださりありがとうございます」と、丁寧な挨拶をして、身の回りのことも申し訳なさそうにお礼を言い、差し出された食事を美味しそうに食べる姿に段々と心を許しはじめていた。

2週間ほど経った今ではショウトに食事を運ぶついでに、ショウトと会話を楽しみながら自分の食事も一緒に取るまでになった。





「診察の時間だ。2人とも持ち場に戻れ」
ノックもせずにガチャリとドアを開けて入ってきて
早々に2人を部屋から追い出すのは今やショウトにとっての主治医であるこの船の船長だ。

いつも通り手早く消毒をしてガーゼや包帯を巻いていく。DEATHと彫られた刺青の入った指が無駄なく動き、いつもながらとても美しいとショウトはぼうっとその手腕を眺めていた。


「おい、羽根屋。右腕を出せ」
「……、はい!」

未だ羽根屋と言われることに慣れない上にトラファルガー船長の手に見とれて反応が遅れてしまい、目の前の彼からグズグズするなと鋭い視線を送られてしまった。

「腕の固定を外す。指の動きのリハビリも始める」
背中に手を差し入れられて上体を起こされる。

いつも意外に思うのだが、不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら治療をするため、こういう動作も荒々しく扱われるのかと思いきや、治療に関わる一切の介助は丁寧で、患者の負担にならない。


腕の固定を外し、テーピングをしたところで今度は立ち上がれるかと促される。
身体のあちこちに痛みはまだ残るがトラファルガー船長に手を引かれ、ゆるゆると立ち上がってみる。


なんとか二本の足で立ち上がったが上手くバランスが取れずにフラフラと身体が揺れて、倒れそうで覚束ない。


すかさず目の前に伸びてきた入墨の彫られた右腕に自分の両手を置いて、重心を預けながらバランスを取った。

ふらつく自分の身体を彼の腕を支えにしながら何とか立っていると、まだ歩行には杖が必要だなとトラファルガー船長の呟きが聞こえた。
そのまま彼はゆっくりとショウトをベッドに座らせる。


寝たきりの状態から比べるとだいぶ良くなったと内心ホッとしていると、トラファルガー船長がベッド脇に椅子を引き寄せて足を組んで座った。
なんて長い足だと内心羨ましく感じる。


「そろそろリハビリも含めて歩いた方が良いだろう。
食事は食堂でしろ。移動については毎回誰か人を寄越す」
羽根屋の能力を使えば移動はできるんだろうが、それじゃリハビリにならねェ。と付け加えられる。


「トラファルガー船長…。ここまで良くして頂けるなんて感謝しきれません。ありがとうございます」


出来る範囲でなるべく低く頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
正直こんなに手厚く治療してもらえるなんて思っても見なかった。自分の運動機能のリハビリまで考えてくれているなんて。


「礼はもう良いと言ったはずだ。それに感謝しているなら、その変な呼び方を今すぐにやめろ」
「トラファルガー船長…ですか?」

自分も大概ショウトのことを羽根屋などと呼んでいるがそれは棚の上、それも遥か上空に追いやっているんだろう。不機嫌そうな目でこちらに話の続きを催促してくる。

「ロー船長…?」
「……。」
「ロー…さん」
「ローでいい」

呼ばれ慣れない。そう言いながら腕を組み、早く呼んで見ろと凄みながら顎をしゃくる仕草はなかなかの迫力で、僅かに背中に走った恐怖にゴクリと喉が鳴った。

「…でも、一海賊団の船長相手に、しかもこんなに素晴らしい治療をしてくださる方を呼び捨てなんて出来ません」

どうにもこの男を呼び捨てで呼ぶには、余りにも恐れ多い気がした。
それに治療してもらっている患者が主治医を呼び捨てで呼びつけるなんて、言うことも憚られる。

眉間に皺を寄せ続ける目の前の男の気分を害さない様に、必死に言葉を選んで弁解をした。


そんなショウトの様子をしばらく見た後に、はぁ…、とため息をつくとローさんは立ち上がり、おもむろに部屋の隅でゴソゴソと何かを探し始めた。
ややあって戻ってきたときには杖を持っていて、そろそろ夕飯の時間になる。食堂へ行くぞと杖を渡してきた。

呼び方については、どうやらローさんで許してもらえたらしい。



ローさんの後ろを歩きながら食堂へ続く道を説明を受ける。振り返って確認することはないながらもショウトの歩くペースに合わせながらゆっくり歩いてくれるので杖をつきながらでもついていける。


先ほどの治療の際の介助しかり、
バランスを取ろうとした際に腕を貸したことしかり、
今、歩くペースを合わせてくれることしかり、

ローさんは意外にも言葉に出さない所で気遣いを見せてくれることがしばしばある。


ショウトの持つ海賊のイメージは粗野で乱暴者でなんでも暴力で解決しようとする関わりたくない部類の集団であった。

しかしこのハートの海賊団の人たちは、確かに他船からの略奪を行うこともあるようだが、話せば分かる人たちだし、よく笑い、船長であるローさんを心から尊敬している。


最初は部外者のショウトをもちろん警戒していたが、基本的にローさんが治療を決定したことに反対は無かったようだ。


慣れてくると人懐こい人が多いのか最近では一緒に食事も取ってくれるようになって、明るい彼らとの会話は身体が思うように動かない事で落ち込みがちな気分を明るくしてくれた。


あまりにもイメージと違うことに最初は戸惑ったし、部外者を乗せているのにこれで良いのかと驚いてショウトはローさんに「この海賊団は優しい方が多いんですか?」と思わず素っ頓狂な質問をしてしまったことがあったが、


ローさんはその質問に、いつも以上に眉を皺を寄せながら「…世話焼きが多い」と吐き捨てる様に零していた。


ローさんも少し、そういう面がありそうよ。とショウトは食堂に向かって前を歩く背中に心の中で呟いた。



「ここが食堂だ」
食堂の扉をあけて、中の様子を見せてくれた時



パーン!!



クラッカーの弾ける音がいくつも聞こた。
急な炸裂音に耳と目がパチパチする。



「「「ショウト、怪我が良くなって良かったな!」」」
「……まだ完治じゃねェぞ」


低い声で訂正を加えるローさんの脇で、何が起きているのか分からないと、目を見開いて呆然と立ち尽くした。


そんなショウトの背中を隣から押してローは部屋の中に促す。どうしてもあいつらがお前にやってやりたかったんだと、と言い席に座らせた。


呆気にとられながら席に座ったところで、
ペンギンがジュースの入った樽のコップを私に持たせて、お前の快気祝いの前祝いだと声を掛けてくれた。
アルコールでないのは怪我の治療中であることを気遣ってのことなのだろう。


ショウトの回復を祝って、乾杯!!!とたくさんのコップが空に振りかざされたところで、やっと我に帰った。

状況を頭が理解したと同時に目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとしてきたと思うと、目から涙が次々と溢れては零れ落ちた。


「ぐっ…う…、なんで……こんなの…、泣くに決まってるじゃないですかー!!!」


涙が次から次へと溢れ出てきてもう止めることはできない。


周りからはベポを助けてくれてありがとなとか、怪我が良くなってきて本当に良かったとかいろんな声が聞こえてくる。



隣にやってきたシャチがショウトは泣き虫でしかも色気のない泣き方だと言いながら笑い、

号泣するショウトにイッカクはハンカチを渡してやりながら、ちょっと…鼻まで出てるよと指摘する。

ベポはおろおろしながら、大泣きするショウトの周りをウロウロして、

ペンギンは鼻水をどうにかしろと笑いながら茶化してくる。


嬉しくてもこんなに涙が出るものなのかと、こんなにも胸がいっぱいでこのまま息が止まってしまいそうだと、全身で幸せを感じながら、ショウトわんわんと泣き続けた。




そんな彼女の姿を見ながら、ローは彼女の白い肌に残る足首と外腿の傷跡を思い出す。


先日聞いた彼女の来歴から、笑顔の裏では凄惨な毎日を過ごしてきたことは容易に伺えた。


自分の船の仲間たちに囲まれて、顔をぐちゃぐちゃにして泣き続ける羽根屋は、誰かの優しさをずっと乞い求めてきたのだろう。

人の温かさに触れれば嬉しそうに笑い涙を流す素直さと純粋さを抱えたまま、裏社会を生き抜いてきたのだろう。


それでもふとした時に、本人が気づいていないようだが瞳に暗い光が宿る瞬間がある。

それをうちのクルーたちもどことなく感じ取っているからこそ、羽根屋を患者として以上に気にかけて接し、今こうして歓迎の宴を催している。


世話焼きだが、決して、誰に対してもお人好しの集まりでは無い、海賊船に乗ったクルーたちだ。
それでも、羽根屋を受け入れているのは羽根屋の人柄に絆されたからなのか。


…まァ1人でも飛び立てる様に、しっかり治療はしてやる。そう思いながら、ローはグイと酒の入ったコップを傾けた。

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