小説 | ナノ


3.思い出しておくれ 01

日が昇った頃、ポーラータング号は今まで停泊していた島を出港した。


ローは出港を確認するとその足で医務室へ向かう。
ショウトは変わらず静かに眠り続け、その左腕には点滴が刺されている。

肩より少し長いノーバングの黒い髪が枕に広がり、青白い顔色をより鮮明にさせている。


点滴の残りを確認した後、包帯の交換をするために彼女の服を手早く脱がす。
上半身の包帯とガーゼを丁寧に剥がして、傷口を消毒をした後また新しく包帯を巻く。


傷口の縫合後も特段経過として問題ない様子で綺麗に皮膚が縫われていることを確認しながら、今度は下半身部分の治療をするためショウトの脚を露わにする。


白くしなやかな左脚にやはり、昨日手配書で見た闘牛の角が生えた仮面の入れ墨を見つけた。


あの何の感情も宿さない暗い瞳でこちらを見続ける少女は間違いなく彼女であると改めて確認すると同時に、彼女の入れ墨の入った左太ももの部分にローは昨晩と同じく眉を顰めた。


入れ墨の上を刃物で何度も切りつけた痕が残っていたからだ。


ローは眠る彼女の顔にかかった黒い艶やかな髪をそっと手で払う。

足首に残る傷跡といい、外腿に残る入れ墨の上の刺し傷といい……色白できめ細やかな肌に残る無数の傷跡が、なんともアンバランスにも美しく感じた。



処置を終えてショウトの身体の上にシーツをかけたとき、医務室のドアがノックされた。

「キャプテン、持ってきましたよ」
「それだけか…?」

シャチが手にしていたのは今朝取りに行かせた彼女の荷物だ。出港するために彼女の身の回り品を小屋に取りに行かせたのに、シャチが持っていたのはさほど大きくもないリュックひとつだけであった。


「そうなんスよ。部屋はだいぶ酷く荒れていたんですけど、このリュックにあらかたの荷物がすでに纏まっていたみたいです」

すでに島を出る準備をしていたと言うのだろうか、それともいつでも島を出られるように普段から荷物をまとめていたのだろうか。

何にせよ荷物をまとめる手間が省けたことに違いは無い。彼女の荷物を医務室の傍に置いておくよう指示する。

その時彼女の荷物の側面にリボンで括り付けられた、爪先部分が平たくなっている見慣れない靴が視野に入った。

「キャプテン…ショウトはまだ起きない?」
「ああ」

シャチと一緒に部屋に入ってきていたベポが至極不安げに彼女を見やる。


無理もないだろう、怪我をした自分を助けてくれたと喜んでいた矢先に大怪我をした彼女が運ばれてきた時のベポのショックを受けた顔は記憶に新しい。


「普段から追われていたんだね。いつでも逃げ出せるように。だから荷物が纏まっていたんだ、きっと」
「まあ…、そうなんだろうなぁ」
「それなのに、俺の事を助けてくれたんだね」
「お人好しなのかもな」

ベポが沈痛な面持ちで呟くと、逡巡の後にシャチが応えた。未だ落ち込むベポの頭をぐしゃぐしゃと撫でながらシャチはベポを慰める。


「目が覚めたら、お礼をしなきゃな」
「うん」





******



それからショウトが目を覚ましたのは2日後のことだったが、その際ベポに抱きつかれ気を失ってしまったので、結局目を覚ましたのはこの船に乗ってから3日後のことだった。

「え…私、そんなに寝てたの…?」
「ぶっ、くくく…ベポに絞め落とされて余計に寝てたからな」

目覚めたと同時にベポが遠慮なく抱きついてきた事でショウトが気を失った事をシャチが笑いをこらえきれないと言った様子で話し、後ろでベポちゃんが涙目でごめんー!と謝っている。


あの後ベポはこってりキャプテンに怒られたんだぜ、とまだ笑いをこらえきれないのか肩を震わせながらシャチが説明してくれる。

ショウトは別に嫌ではなかったんだけどな、と苦笑するが確かに重傷を負った相手にすることではないなと思い直す。

「治療してくれて、ありがとう」

包帯だらけの自分の身体に目を落としながら、
先日連れ去られそうになった自分の状況を思う。


あのまま捕まっていたら、おそらく命はあったかもしれないが一生自由はなかっただろうと考えるとショウトの心に恐怖や絶望の黒い影がちらりと現れて、どことない不安が一瞬身震いとともに全身を駆け巡った。


「礼はキャプテンにした方が良い」

ショウトを助けて治療をしたのはキャプテンだから。とシャチは先程とは打って変わり真剣な顔をして言う。


何も口にしてないだろ、飯を持ってくるとシャチは部屋を出て行き、ベポはキャプテンを呼んでくるとその後を追っていった。



「シスター…」


遠い日の懐かしい人を思い出してポツリと名前を呼ぶ。首に手をやるといつもお守りにしていた黒い羽根の入ったネックレスがない。


落としたかもしれないと焦って周囲を見回すと、黒い羽根の入った小瓶は医務室の机の上にポツンと置いてあった。ああ…良かったと深いため息をつく。

あの羽根もショウトにとっての恩人のものに間違いない。今まで生きてきたのは恩人たちの温かな記憶があるからこそだ。



そしてこれからもその記憶を胸に生きていく。それが約束だから。



1人傷だらけになった身体を抱きしめながら、
約束だから、ともう一度確かめるようにショウトは呟いた。

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