二十一
ナマエの三味線の音色は、広間で酒を酌み交わしていた男鬼達の所にも届いていた。
『…』
弦の音に気付いた風間が顔を外へ向けた。
それが三味線である事を知ると、彼は楽しむように目を細めた。
『お、始めやがったな』
風間の表情を見ながら杯を干し、誇らしげに不知火が言った。
何を、と言いたげな顔で風間が不知火へと顔を戻すと、不知火はにやりと笑って言葉を続けた。
『あれはナマエが弾いてる三味線の音だ。
あいつ、弦歌が凄ぇ得意なんだよ』
『ほう』
手酌で酒を足し、風間が杯を手にした。
『後でお前にも聞かせてやるよ。
マジで凄ぇから、心して聞けよな』
己の妻の素晴らしい所を他者に披露出来るのが嬉しいのだろう。
とても良い顔で笑んでいるな、と風間は思ったが、彼は口が裂けてもそのような事を言ってやらない。
ただ鼻で浅く笑い、手にしていた杯を一気に呷った。
三つ子にねだられ、ナマエはその後も数曲を彼等に弾いてやった。
これ以上はまた後でのお楽しみ、といって一度区切ると、母は母同士、子は子同士で思い思いに好きなように過ごした。
話をしてみるとやはり気が合うと感じる。
自分の知らない不知火を知るミョウジに対し、それまで胸にあったつまらない嫉妬心などとうに何処かへ行き、ナマエはミョウジとすっかり打ち解けていた。
三つ子もあらかじめ考えていた遊びで陽を持て成していた。
全てが全て思い通りにいった訳ではないが、楽しげな笑い声が絶えなかった所を見るに、彼等なりの“接待”は成功だったと言える。
陽は三つ子を、お兄ちゃん・お姉ちゃん、と呼んでよく懐き、彼等も…特に千束だが、そんな愛らしい陽をよく可愛がっていた。
『ご歓談の所、失礼致します』
障子の向こうから侍女のあやめの声がした。
ミョウジが気付いて戸を開けると、母の和泉と共に控える彼女の姿があった。
宴の支度が出来たので迎えにきたとあやめが言う。
気付けば空の色は美しい橙をしており、ミョウジは此処で初めて時間を忘れてかなり話し込んでいた事を知った。
そう言えば茶も空になって久しく、喉が渇いた気がしていた。
『それじゃあ、お夕飯にしましょうか』
その一声を合図に、この場の一同は風間と不知火の待つ広間へと移動する事にした。
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