二十三

『誰か来た?』

千賀を良く知る千歳は特に構えるでもなく、汁物の椀を掻き込みながらそう尋ねた。
一瞬表情を険しくした土方と千鶴も、息子の柔らかい口調に警戒を解いた。

『うん…』

はっきりとしない返事は、感じた気配の主が有り得ないため。
此処に来るはずのない者だからだった。

少し失礼を致します、と、千賀は朝餉の席を立ち表へ出た。
玄関から遠くを見遣り、彼の者が来るのを待った。

雪原の彼方に現れた米粒程の人影は瞬く間にその姿を大きくさせた。
あれは人では無い。鬼だ。

『誰だろう』

心配して付いて来た千歳の声が後ろから聞こえたが、千賀は前を見たまま振り向かなかった。

『あれは、里の荷運びの、』

その名を口にする前に、彼は冷たい空気を舞わせて千賀の前に着地した。
目を丸くする彼女の前髪がふわりと風に遊ばれた。

彼等の前に現れたのは里一番の健脚を誇る荷運び役の男鬼だった。
彼はかつて風間の里に一人で遊びに来た千姫の送迎も務めた事がある。

『突然の往訪、お許し下さいませ』

『一体どうしたの…』

片膝を付いて頭を下げた彼の背に大きな風呂敷が背負われている。
千賀は視線を彼から荷物に移した。
問われて、男鬼は面を上げた。

『御当主と奥方様から、千賀様への贈り物を届けるよう仰せ付かりましてございます』

『!!』

千賀は息を呑んだ。
母はともかくとして、まさか父が。

里からは勘当同然で飛び出して来たはずだ。
二度と里の地を踏めぬものと思えと、あの日父はまさしく鬼の形相でそう言った。
その父から自分へ贈り物など、何かの間違いにしか思えない。

口を開いて真偽を問おうとする千賀の肩を、背後にいた千歳がそっと抱いた。
はっとしてその顔を見上げると、彼は柔らかく笑っていた。

『せっかく来たんだし、中にお入り下さい。
…千賀も。中に入ろう。
此処で荷のやりとりはおかしいでしょ?』

言われてみれば確かにそうだ。
男鬼は下人とはいえ、わざわざ此処まで来てくれた事に変わりは無い訳で、まずはその労をねぎらってやらねば。

『そう、ね…。
でも良いの?土方様達の許可を…』

『いいよ、父様も誰が何しに来たか知りたいはずだし、中で色々聞こう』

心配そうにそう聞いた千賀に千歳は笑顔で応えた。
少しの逡巡の後、千賀は男鬼に声を掛けた。

『ごめんなさい、こんな遠くまで来てくれて。
まずは中に。話はそこで聞きます』

『は。お気遣い痛み入ります』

男鬼は立ち上がり、背の風呂敷を解いて前で抱えた。
千歳に促される形で、三人は屋内に入って行った。

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