風間が天霧を伴って京に赴いてから暫くの間は、天霧が里の長老へと送る書状の中に、季節の花が一輪添えられていた。

言葉も何もないが、それは風間が自ら手折り、ナマエへと宛てた贈り物であった。
ナマエはそれを押し花にして大切に保管していた。
離れていても思いは通じていると思えて、ナマエはこの花のおかげで掻き毟られる様な寂しさにも耐える事が出来た。

しかしある時、花が添えられていない事があった。

始めはこの一度だけかと思った。
忙しい身であるから仕方の無い事、と思ってやり過ごしていた。
だが、次も、その次も、幾ら待ってみても再び花が贈られる事はなかった。

まさか、何かあったのでは。
いや、千景に限ってそんな事は。

四六時中繰り返される答えの出ない問答にナマエの心が疲弊し切った頃、彼女の耳に驚きの知らせが届いた。

東の一族、雪村の女鬼が生きていた。

たまたま風間家の屋敷に上がった際、屋敷仕えの者が話しているのを聞いたのだ。
雪村家は風間家と並び称される程の名家である。
かつて人の手によって滅ぼされたという話は、鬼の間では知らぬ者がいない程有名な話であった。

その名家の生き残り、しかも女鬼の生き残り。
ナマエの額に嫌な汗が滲んだ。

ナマエが彼等を捕まえて詳しい話をさせた所、その女鬼は千鶴という名前で、己を鬼と知らずに育ち、今は新選組に身を置いているのだそうだ。

『近頃の御当主様は、その雪村様を手中に収めようと、その、…躍起になっているご様子で』

気遣いから言い難そうに話す彼の様子は、ナマエの不安を更に煽った。

心の臓が妙な脈を打ち、息が上手く入って来なくなる。
ナマエは彼を解放してやると、覚束無い足で屋敷を後にした。
その後はどのようにして自分の屋敷に戻ったのか、全く覚えがなかった。
気がついたら己の寝所で突っ伏しており、頬には涙が伝った跡があった。

幾ら自分が純血とはいえ、流石に雪村家には敵わない。
御家存続の為に、自分より雪村の女鬼を選んだというのか。

千景は心変わりをしてしまったの?
…頬に触れるあの手の平の温もりも、優しく落とされる口付けの柔らかさも、雪村の娘のものになるの?

そんなの絶対に嫌…!

ナマエの目に強い意志の炎が灯る。
その日の夜更け、短い書き置きだけを残して、風間の里から女鬼が一人姿を消した。

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